オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

インタビュー企画「オックスフォード大生の素顔」で人工知能について語ってみた。

先日、批評誌「PLANETS」のメールマガジンに連載されている『現役官僚の滞英日記』で、著者の橘宏樹さんと僕の対談が掲載されました(「僕たちは「シンギュラリティ」をどう迎えるのか? オクスフォードで出会った人工知能研究者・江口晃浩氏にインタビュー」)。対談では「日本の若いビジネスマン層をターゲットに」ということで僕の留学体験や計算神経科学・人工知能の今とこれからについて色々とお話させていただきました。実は以前に書いた「人工知能は心を持つか。ディープラーニングとは?その可能性。」はその時の対談がキッカケになっています(笑) メルマガの前半部分では、橘さんのオックスフォード大学でのフォーマルディナーの話なども紹介されているので、興味のある方は是非読んでみてください^^

一方で今回、その元となったインタビュー動画をロンドンのフィルムスクールの知人が編集してくれたので、このブログでもその書き起こしを掲載することにしました。ちなみにこのインタビューを撮影したのは、僕の所属しているカリッジ、St. Catherine’s College、通称キャッツの一室です。創立50年とオックスフォード大学のカリッジの中では歴史も浅く建物もモダンなので人気がないとおもいきや、以外にも所属する学生数はオックスフォード大学で一番多いのだとか。笑

 

橘宏樹×江口晃浩 【オックスフォード大学生の素顔1】 人工知能のこれから

オックスフォード大学に通う日本人留学生の素顔を届けるインタビューシリーズの第一回。(2016年1月30日)

【インタビュワー】橘宏樹(たちばな・ひろき): 官庁勤務。2014年夏より2年間、政府派遣により英国留学中。官庁勤務のかたわら、NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。


 本日はオックスフォード大学で学ぶ日本人留学生の素顔を届けるインタビューをしていきたいと思っております。今日のゲストは博士課程で学んでおられる江口晃浩さんです。今日はどうぞよろしくお願いいたします。色々今日お伺いしていきたいんですけど、まずは簡単に自己紹介いただけますか。

Aki こんにちは。オックスフォード大学で博士課程4年目になる日本人学生です。専門は計算神経科学という分野で、人工知能や脳科学を融合したような分野で研究をしています。一般的に人工知能はエンジニアのイメージがあると思うのですが、僕の研究室は実験心理学部の下に入っていることからコース名は”D.Phil. in Experimental Psychology”(実験心理学の博士課程)となり少し変わった環境かもしれません。そんなことから僕たちの研究は、「人間が本当にどうやって理解するのか」というところに一番の焦点があてられています。

 今、大学院の博士課程で学ばれていらっしゃいますが、その前の大学はどちらですか。

Aki 大学はアメリカのアーカンソー大学というところに行って、そこでコンピュータサイエンスと心理学を勉強しました。

 

 その前は日本で小・中・高を過ごしたんだと思うんですけど、ご出身はどちらでしたか。

Aki 生まれは愛知県ですが、小学校は東京で過ごして中学校でまた愛知県に戻ってきました。そこから、高校ではなく高等専門学校、豊田高専に進学しました。

 

アトムで育ち、ロボコンを見て高専へ

 高専にお進みになったきっかけは何だったのでしょうか。

Aki 僕は今、「心を持ったロボットやものをつくる」とか「心を持ったものを作る」なんていう夢を持っているのですが、その原型は実は幼いころに見た鉄腕アトムとかにあって、「そういうものを自分の力で作れたら」という思いが高専に進学したきっかけになりました。

astroboy

 

 お父様が確か鉄腕アトムを好きでその影響もあったそうですね。あと、両国国技館でロボコンを見たことも影響しているとお伺いしていますが。

Aki はい、ロボコンは大きい影響を与えましたね。もともとアトムのことがあって「ロボットを作りたい」という思いはあったんですけど、現実的なイメージはどうしても持つことは出来ませんでした。やっぱりそれはアニメの中の世界の話であって、実際にはどんなものかはわからなかったので。でも小学校の頃、NHKが主催する全国高専ロボットコンテスト(高専ロボコン)の観戦チケットを親が抽選で当ててきて、試合を見に行く機会がありました。そこで高校生の歳の学生達が、自分たちでロボットを作って面白いことをやっている姿を見たのです。「あ、こんな世界があるんだ。」「いつか自分もこういうことができたらいいな。」というのが原体験なのだろうと思います。たまたまその時の大会で豊田高専が優勝して、豊田高専という名前が自分の記憶に刻まれたわけです。

 それで自分も豊田高専に進んでロボットを作るという具体的なイメージをお持ちになった、と。しかも地元だったわけですね。

Aki 実は見に行った時はまだ東京だったので、まさか自分が豊田高専に行くことになるとはその当時は全く思ってもみませんでした。しかし中学校で愛知県に引っ越して、高校受験を考える頃になって、「あれ、もしかして、豊田高専ってこのへんのはずだよな?」と。調べたらすぐ近くにあって、「あぁ、じゃぁ豊田高専に行きたい」と。

 

アメリカの高校での交換留学からアーカンソー大学へ進学

 かなり運命的ですよね。そのあと豊田高専にお進みになって、それからアーカンソー大学にお進みになられたとのことですが、その時にはどういうジャンプがあったのですか。

Aki 実はロボットを作りたいという思いがあって高専に入ったものの、課題とかテストとかに追われて忙しさのあまり「そもそもの目的」を見失っていたというのが現状でした。そして、もう少し現実を見据えてまともな将来像を考えて生きていかないといけないのかな、と思ってたところがありました。でも3年生の時一年間交換留学をする機会を得たんですよね。そして行ってみたら、そこで出会った学生たちは皆、大した根拠もないのに「自分は映画監督になるんだ!」「政治家になるんだ!」と子供のような笑顔で夢を語っていたのです。小学生ではなく高校生ですよ。そんな彼らと過ごしているうちに、「そもそもなんで高専来たんだっけ」ってことを思い出したんですよね。それが自分にとってはアメリカの大学に進学する大きなきっかけとなりました。

(これは高校留学時代に友達が作ったビデオ。最初に殺されるのが自分 笑)

 

 高校時代の交換留学の時に初心を思い出して、そしてアメリカとか海外の大学を志望になったということなんですね

Aki 本当だったら高専は5年間通って短大卒の準学士をとるというのが普通なんですが、自分の場合は「仕切りなおしが必要だな」ってところがあって、ある意味ではそれは逃げなんですけど、もう一回仕切りなおしてアメリカで一から本気で夢を目指そう、と考えました。そして、高専には3年生まで行って高校卒業の資格を得てすぐにアメリカの大学に編入しました。

 日本の大学は余り考えなかったんですかね?

Aki そうですね、アメリカの大学の何が特徴かというと、自分の学びたいことを好きなように学べて、しかも途中で専攻を変えることも可能だということ。自分の場合はコンピュータサイエンスを学ぶために留学したのですが、人工知能や人間の心を理解するためにはそれだけでは足りないものがあるということを考えて、心理学という全然違う方向の分野も専攻しました。そういったような自由な専攻が可能になるということを考えると、選択肢を残しておけるアメリカのほうが結果的にも自分にとって良かったのだと思います。

 ロボコンをご覧になって「あれ作りたいぞ」と思い描いていて高専に進学し、仕切り直しの渡米後、人の心、それ自体を再現したいというお気持ちが芽生え、ソフトの方にも視野を広げていった、と。そして、アーカンソー大学を主席で卒業したそうですね。これ、すごいなと私は思うんですけど、そのあとまた研究を続けようということで現在オックスフォードにいらっしゃるということですね。大学院進学の際には色々な選択肢を考えていたと思うんですけど、どういうイメージをおもちでしたか。

graduation

Aki 大学時代は、とりあえず人工知能に興味はあるけれど、その中の何に興味が有るのかということがはっきりしていないことがあって、そういう理由で本当に色々なことを試したんですよね。例えばロボットをつくってみたり、株のシミュレーションゲームとか、自動で部屋のマップを作る簡単な人工知能をつくったり。そうしているうちに、結局自分がもともと求めていたのは「心をもったもの」。「ロボットじゃなくても構わないけれど心のある何かを作りたい」というのが根本のところにあるんだな、と気づいたのです。そしてそれを理解するためにはもっと人間を知らないといけない。だから自分が学んできた心理学とコンピュータサイエンスの間にあるようなことを学べないか、と考えて計算神経科学に辿り着いたわけです。

 

(計算神経科学という分野を知るきっかけとなった本)

 

オックスフォード大学で計算神経科学を学び始める

Aki それでこの計算神経科学をやっている研究室を調べてみると、例えばイギリスの場合はオックスフォード大学がその一つでした。面白いと思ったのは、だいたい人工知能と計算神経科学は別のものとして扱われているのですけど、ここの研究所はそれを一緒にやっているという。名前をOxford Centre for Theoretical Neuroscience and Artificial Intelligenece (オックスフォード理論神経科学・人工知能研究所)といい、その名の通りまさに両方からのアプローチをとっている研究所なんですよね。だからそれがものすごい魅力的だな、と思いました。

(指導教官のBBCでのインタビュー。僕と彼とでは意見が一致しないことも少なくはないのですが・・・^^;)

 

 心というものそれ自体を考えることと、その結果を製品として作っていくこととの両方ができるという意味で、ここが最善な場所だ、と。そして今ここの博士課程で勉強しているということですね。そういうプロフィールをお持ちのなかで、現在の研究内容も少しお伺いしたいと思います。今は博士論文を書こうとしておられる段階だと思うのですが、どういうテーマに取り組んでおられるのですか。

Aki 自分のテーマは人間の視覚に関するものです。目から入った情報がどのようにして脳で処理され、脳の中で表象を作っていくかということに主な焦点が当てられた研究です。僕の研究している計算神経科学という分野は、厳密に言うと一般的な人工知能とは少し目的が違います。例えば、空を飛んでいる鳥を見て「空を飛びたい」と思い飛行機を作るような考え方が人工知能。一方で僕たちは飛行機ではなく「鳥がどうやって飛んでいるのか」という事に興味があるんですね。だから鳥の精巧なモデルをつくって、鳥が如何にして器用に空を飛んでいるのかということを理解しようとするのです。要するに、人間の脳が如何にして様々な問題を解いているのかということを解明したい、というのがこの研究の一番の目的です。

 アウトプットはどういった感じになるのですか。何かをつくるのでしょうか。

Aki 基本的にはプログラミングが主であるため、結果自体は画面上でしか見えません。実際の生理神経科学では、例えばサルの頭に電極を刺して神経細胞の反応を記録したりするのですが、コンピュータの場合は脳のモデルをコンピュータの中でつくって同じような形式のデータをとります。言い換えれば、神経科学で取れるデータと比較できるような同じようなデータをコンピュータ上でとることができるわけです。そして、それらのデータが似ていれば、提唱している理論の尤もらしさを示すことができる、といった感じです。今の研究の一番難しい部分は、例えば人工知能のアプローチであれば、人間の脳では実装できない様な数式や概念を使うことも許される。しかし、自分たちの目的は「脳の解明」なので「人間の脳で実際に実装できることしか使ってはいけない」という制約を最初から設けている。その限られた仕様の中でモデルを作っているのでなかなか簡単にはいきませんが、実際の生理神経科学のデータと似た結果が出るということは、それ自体が理論のもっともらしさを説明する一番のツールになるわけです。

学部時代、生理学研究所のインターンで染色した神経細胞

学部時代、生理学研究所のインターンで染色した神経細胞

 なるほど。そうやって今頑張っておられる中で、この博士課程3年間を通じて、「人の心とは」というイメージに何か進展はありあしたか。

Aki この分野に入る前の時点では、「人間の心っていうのは何か特別なものがあるんだろうなぁ」と思ってたんですが、実際にこっちに来て神経科学もやるようになって、もしかしたら人間の脳というものは、実はもっとシンプルで、基本的には小さい神経細胞の集まり。1000億個あるような神経細胞の電荷とその繋がりによってきっと全てが表現されているんだろうな、と考えるようになりました。きっと一般的な感覚とは少しずつずれてきているのかな、と思うところはあるのですけどね。でも実際に脳をコンピュータと見立てて実験をしているうちに色々なことが見えてきたので、もしかしたらこの方向でやっていくといつか心を解明できるのではないかなと考えるようになりました。

 

「シンギュラリティ」は来る?

 人工知能というと最近では「シンギュラリティ」という単語が踊っているわけですけど、私の拙い理解では、2045年になると人工知能のほうが人間の頭より優れてしまい、人は仕事を全部奪われてしまう、と言うような話として議論されていることが多いんですけど、そういう理解で良かったですか。

Aki 基本的にはそういうことです。人工知能が自分よりも賢い人工知能を作れるようになり始めた時点で、その賢さの上昇速度は指数関数的に伸びてゆくという予想ですよね。「そうなってくるともはや人間では理解し得ない知能というものがこの世に現れるようになり、そしたらもう後戻りできないのではないか」「人間には想像のつかない世界がやってくるだろう」という恐怖がよく語られますよね。しかし、実際にその予想通りに技術が成長していくのか、という点に関して僕は懐疑的です。

過去の技術の進歩を見ると、「ムーアの法則」等で指摘されるように、確かにそれは指数関数的に伸びてきています。しかし例えば、「トランジスタをどれだけ小さく、安く作れるようになるか」という点においては、これはもうそろそろ限界がくるんんじゃないか、とも言われています。これまで技術者たちは、「ムーアの法則」に従えるように必死に技術革新をつづけてきました。しかし、小ささを目指すことによる性能の向上は、その大きさが原子のレベルに達してしまえばお手上げです。そうすると、さらに新しい技術的な革新がなければ次には進むことはできなくなる。だから、科学者とか研究者たちの視点からいうと、そんなに楽観的に考えていいものか、というものがありますよね。技術革新は人々の絶え間ない努力の結果創りだされます。確かに今までそうやってきましたけど、だからといってこれからも同じようにびっくりするような発見を次々にできるかと言われると、もちろん可能性はあります。しかし、必ずしもそうであるとは限らないというのが僕の考えです。

 逆に当事者にとっては2045年までのしんどさの方が先に印象としてあるということですね。そういう感覚は、シンギュラリティという単語が踊ってるので「どうなっちゃうんだろう」という人よりは、もう少しリアルな形でとらえておられるんだなと思いますね。

 

芸術と脳科学

 最近日本では落合陽一さんという筑波大学の助教の方の出した「魔法の世紀」って言う本が流行っています。メディアアートのセンスも取り入れながら最先端の分野をやっておられる方なのですが、その本をお読みになっていただけたそうですね。あの本曰く、20世紀は「映像の世紀」であったのに対して21世紀は「魔法の世紀」になっていくと。映像を共有物としていた20世紀的な世界が、これからはコンピュータを介して人間とモノがインタラクティブな関係を結んでいく「魔法の世紀」に変わっていくんだという趣旨の本だと思いますが、どのようにお読みになりましたか。

 

Aki とても面白い考え方だと思って読ませていただきました。何故かと言うと実は僕の学部時代にやっていた研究も、”Everything is Alive“、要するに「すべてのものが生きている」ということをテーマにしていたので。「すべてのものをどうしたら心を持ったように動かせるか」「それぞれが生きてそれぞれが考えて生きる世界」「人間はその環境における一部である」みたいな考え方なのですが、それが彼の唱えてる「デジタルネイチャー」というコンセプトにも通ずるものがあると思いとても面白かったです。

一方で計算神経科学の立場から見てみると、アートというものの捉え方においては彼と僕とでは少し違う視点を持っているかもしれないとも思います。それは先程も言ったように、どのような認知も全部脳内の反応にすぎないんじゃないか、と思ってしまう部分があるんですね。例えばコメディショーを見ていたとして、それが面白いか面白く無いかというのは普通はコンテンツに依存する場合が多いことでしょう。しかし同時に、それらは単純に脳内における電気刺激や分泌物によるものでしかないんじゃないか、とも考えてしまうわけです。しかしだからこそ一方で、彼が言うような「原始的な感動」みたいなものは、脳の中を見ることによってさらに捉えやすくなるんじゃないかな、とも考えたりします。

 なるほどですね。肉体の外よりも、江口さんは脳の中の方に舞台があるということですね。

image via Wikipedia

image via Wikipedia

Aki 最近では脳科学と芸術との関係の研究も色々あって、例えば一つの面白い事例で言うと、モネの「日の出」という印象派の絵があるじゃないですか。抽象的な景色の上に、ひとつオレンジ色の太陽が描かれている絵です。面白いことに、多くの人にとってその太陽はなぜだか揺らいでいるように見える、といわれます。これはとある研究者の仮説なのですが、人間の脳っていうのは物を認識するwhat pathwayというのとwhere pathwayという2つの視覚処理経路を持っています。what pathwayという何かを認識する部分は全部カラーで情報が伝わるんですけれど、その動きを認識する方のwhere pathwayという方は白黒の情報しか行かないんですよね。それで、モネの日の出の絵を白黒にしてみたところ、なんと太陽は消失するんですよね。明度が一緒なために、そこのところだけ太陽がどこにあるのかわからなくなる。要するにモノを認識する認知経路では太陽があることはわかるのですが、動きを認識する経路の方はどこにあるかわからない。それでこういう感じに揺らいで見えるのだろう、というわけです。単純に一つの仮説でしかないのですが、脳を理解することでもしかしたらアートを理解できるかもしれない、という一つの例ですね。

(英語の本ですが、この「日の出」の議論はここで紹介されています。)

 

人工知能のトレンドとこれから

 感受性ってところが、認知神経の所で説明できる部分があるってことですね。先ほどのお話も踏まえて考えると、やっぱり心ってことを突き詰めてお考えになると、一見心がないとされているものとの境界線が相当曖昧である、或いは思っているよりも曖昧かもしれないぞ、という風に聞こえてくる感じがします。そういう今流行の事、日本では魔法の世紀がはやっていたりしますが、一方でイギリスでの人工知能業界っていうのはどういう感じなのでしょうか。オックスフォードだけではなく、ロンドンにも色々なIT業界やベンチャーが色々あると思うのですが、どういう風にご覧になっていますか。

Aki 世界は段々小さくなってきているので、それぞれの違いを見つけるのは難しいかもしれないですが、例えば今Googleが世界中の人工知能の会社を買収している、という話があります。最近買収されたイギリスの会社の一つは、ロンドンにあるDeep Mind社です。彼らの技術の何がすごいかというと、キャッチーだったということも一つの理由ではあるんですけど、コンピュータが同一のプログラムでスペースインベーダーやブロック崩しといった様々な古典的なゲームのプレーの仕方を一から学習できた、という点です。遊ぶことによって全然種類の違う数多くのゲームのやり方を学ぶことが出来たという、そういうプログラムを開発したことなんですね。どうやってそれを実現したかというと、彼らは「脳が一体どういう風にしてものを学ぶか」という点からアイディアを得て、それをプログラムに応用させたのです。それが他のことにも色々応用できる可能性があるということでGoogleはここを買収したのでしょう。このように、これからは脳を理解することで技術革新を目指すトレンドが大きくなってくることでしょうね。

 

また、イギリスから少し出てヨーロッパまで視野を広げると、2013年、EUはこれからの10年で一番をお金を出す科学分野に脳科学を選び、「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」に5億ユーロを投資することを決めました。彼らの目的は、この10年以内に脳を完全にシミュレートすることです。今わかっている知識を全部集め脳のモデルを創りあげて、「そしたらもしかしたらそこに心が生まれるかもしれない。」「そこで色々な病気の解決に繋がるかもしれない。」などというとても野心的なプロジェクトで、懐疑的な人も多いですが皆その行末を見守っています。

 

 カトリックとか宗教業界は、それなりの反応をするんじゃないでしょうか。

Aki これから宗教はこういったことをどのようにして受け入れていくのかを考えていかなくてはいけませんよね。例えば進化論が出てきた時に宗教はそれをどのようにして受け入れたか、きっとそれと同じ様なことがこれから求められていくんだろうなぁと思いますね。

 他方でドローンとかも個人でも飛ばせる人がたくさん増えてきて産業としても規模が大きくなってきていると思うんですけど、確かドイツで興味深い経験をなさったんですよね。

Aki ドローンに人工知能をのせるという研究は割と長いこと行われているのですが、今までの技術だと基本的には人間が例えば「こっち木があったらこっちに避けないといけない」というような「目をつけるポイント」というものを最初から与えなくてはいけなかったんですよね。一方で、昨今の人工知能ブームは第三次AIブームなんて呼ばれたりするのですが、今回の人工知能は何が新しいかというと、それは「目の付け所を自ら学ぶことができる」という所なんですね。わかり易く言えば、例えばAくんとB君という双子がいるとします。僕達にとっても見分けがつきづらい。だけど、「目の大きさがちょっと違うよ」とか「こっちは一重でこっちは二重だよ」とかそういう情報を与えられれば人間はすぐわかるじゃないですか。同じ様に今までの人工知能には「目を比べてみてください」という情報を与えなくてはいけなかった。だけど今のビッグデータを活かしたこの新しい人工知能では「どこに注目するべきか」ということを真っ先に見つけることができるんですよね。この技術は、今後、ドローンの操作とかにも使えるようになってきます。そうなってくると、今の時点でも相当高性能な物が出てきていますけど、今以上に臨機応変に環境変化に適応できるようなドローンが出てきたりすることでしょうね。昨年ドイツのサマースクールでは、こういったことに関連する分野の基礎技術に関して、それが今まで使われてきた技術とどう違うか、といったようなことを勉強することが出来ました。

(ドローンから見たオックスフォードの景色)

 

 どんどんオートメーションというか自律神経が発達していくっていう感じなのですね。

Aki この技術の発達は、本当に人間の成長に似ているんですよね。一番最初は画像認識できるようになった。それから段々立ち上がって動けるようになったり、環境に適応して動けるようになった。そして次の段階では言語を理解できるようになって、そしたらその言語を通じて新しい知識を獲得できるようになる、なんて言う風に言われてます。そして段々人間に近づいていくんではないかと。

(昨今の人工知能についてわかりやすく説明されていて、理解を深めるためには最良の本。)

 

 人工知能それ自体も、奇しくもアナロジーとして人間と同じ歩み方をしているということですね。そういう研究をなさってそして今後、博士課程を終え学位を得たら、その後はどういう進路を考えておられるんのすか。

Aki 僕はもう少し神経科学の分野を極めていきたいな、と思っています。例えば今回出てきた「目の付け所」がわかるという新しい人工知能、それを持ってしても「心」を考える上ではやはりまだ限界があると思います。段々言葉を覚えたり言葉から新しいことを学習できたとしても、よく言われることは、彼らには「目的」がないということ。要するに人間が命令しない限りは何も出来ない。そういう意味では、今の人工知能は「自分にとってものすごく都合のいいアシスタント」の域を出ないのです。頼んだことはものすごく良くできるけれど出世はできない。何故かと言うと、考えて自分で「これをしなくちゃいけない」ということがわからないから。

 いつも指示待ちということですね。

Aki だからこそ、最近オックスフォード大学の研究者が「あと20年で日本の労働人口の50%の職業が人工知能に置き換えられてしまう」と発表したなんていう話がありましたけど、実際には人工知能がそういう都合のいいアシスタントであるかぎり、初期投資とあとは設備費用みたいなのを出していれば雇用の面では持っていかれるお金自体は限られる。そうすると代わりに違う職業が新たに出てくるでしょうから、あまり不安に思う必要はないかなと個人的には思ったりしています。

 

 他方で機転が効かない人間の労働者も世の中には多くいますよね。

Aki 問題なのは変化のスピードが早過ぎるということですよね。例えば今後なくなっていく職のうち、知識を武器にしている職というのはコンピュータが相手では分が悪い。そうなってくると、その知識を得るために費やした投資を回収できないという倫理的な問題はありえますよね。

 様々な職業が人工知能に置き換わっていく一方で、別な産業も新しく生まれていく。ただ、過渡期においてそれがすべての人にとって予測された幸せとはまた違う状態になるということはあり得る、ということですよね。さて、江口さんとしてはどうなっていくんですかね。今後研究者になっていくのか、それともより商業的な所でやっていくのでしょうか。

Aki まずは研究者としてですね。やっぱりもともとの目的が「心を知りたい」「自分の作ったものに心を宿したい」そういうものにあるので、まずは理解するところに全力を尽くしたいなと思います。

 心をまず理解するということをまずは第一目的において、それを実現できるのに一番良さそうな場所を今後選んでいければ、というそういう感じですかね。今後楽しみにしております。本日はどうもありがとうございました。

Aki ありがとうございました。

 

オックスフォード大学サイエンステクノロジー人生動画留学研究芸術ヨーロッパ留学ブログ(ブログ村)

著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

follow on facebook follow on line
follow via RSS follow us in feedly Subscribe with Live Dwango Reader

Aki • 2016年3月5日


Previous Post

Next Post

コメントを残す

Your email address will not be published / Required fields are marked *

*