オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

STAPの件でも、勝手にダメージ受けてるヤツがいました

朝、ポタポタッ、と窓にぶつかる雨音で目が覚めた。カーテンを開けたところで、そんなに部屋の明るさは変わらない。思ったほど雨は降っていなかったけれど、外は相も変わらぬイギリスらしいどんよりとした天気。

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寝ぼけ眼をこすりながらとりあえず洗面所に行って顔を洗ってきて、そしてスマホを手に取る。メールのチェックだけ終えて、別に急ぎでなければ「はてなブックマーク」を開いてその日の話題の記事の一覧に目を通すのが日課。そんなこんなで、今朝、こんな記事が目に止まった。

例の件で、勝手にダメージ受けてるヤツがいます
事態収拾の糸口がまったく見えない、佐野研二郎氏による五輪エンブレムのパクリ疑惑問題。とくに、佐野氏と立場的に同じである“クリエイター側”の人間にとっては、いろいろと考えさせられるテーマのようで……。

例のグラフィックデザイナー佐野研二郎の、オリンピックのエンブレムパクリ疑惑騒動に端を発する一連のバッシングに関する記事。

とか

を読んで僕も「あらららら、なんでこんな人が・・」と呆れていたのだけど、同じクリエーターである著者の訴える「違和感」を読んで、そういえば自分も、前に同じような「違和感」を感じたことを思い出した。

いちおう、知人でもない当人を直に擁護するつもりはなかったけど、「その決めつけは不当だ」「行きすぎた個人攻撃やめてー」を中心にFBで主張していたのだが、わかんない人にはまったく届かない。…

「オリンピックエンブレムに採用」っていう、デザイナーとして考え得る限り最上級の栄誉と引き替えに、あることないことあれこれ引きずり出され、ネットやマスコミにおもしろおかしく袋だたきにされ、訴訟沙汰にまで広がる……。

マスコットキャラクターの作家にも同じ運命が待ってると思うと、怖ろしい。家族や周囲にまで被害が及ぶ。栄誉を栄誉として受け取れなくなる。ぜったい無理、そこまでの目に遭うなら辞退したいw オリンピック関係なく、大きな仕事をすると地獄がもれなく付いてくるんだ……などなど。

著者は、佐野氏に落ち度があったこともきちんと言及した上で、しかし

なんちゅうか、ここまでくると佐野氏の件はどうでもよくなってて、大勢の人が安全な場所から個人を叩き続けて、恥ずかしいとも思わない風潮が嫌すぎ。

「民度が低い」としか言いようがない。足元の地面が崩れていく感じ。それに、落ち度がなくとも自分も叩かれる側になるかもという恐怖。騒いでる大半の人にこの恐怖はないだろうけど、それが「安全圏から叩く」なのだ。…

僕はグラフィックデザインは多少知ってるから、専門家ではない文化人や芸能人など著名人たちのあまりにも的外れなコメントにあきれた。ってことは、誰もが専門外のことについてはデタラメを言ってる可能性がある。「わかんないのなら首をつっこむな」だ。そのへん肝に銘じたい。

と。そこまで読んでようやく思い出した。この違和感は、去年のSTAP細胞騒動で、僕自身が、同じ”研究者側”として、或いは”研究者の“として感じた違和感だ。

「小保方春子氏が英科学雑誌ネイチャーに、常識を覆すレベルのSTAPとかいうすごい細胞に関する論文を出した。」そのニュースを聞いた時、僕は博士過程は2年目の半ば。何もかも思うように進まず、スランプのまっただ中だった。学部時代は頑張りさえすればなんでも目に見えた結果になって返ってきた。学業も研究も、人付き合いも恋愛も、すべてが自分の願う通りに運んだ。しかし、オックスフォードに来てからというもの、何もかもが上手くゆかなかった。自分はここで一体何をしているのだろうと、幾度と無く自身に問いかけた。「洗面所のクモ」なんて記事を読み返すと、自分のことながら不安になる。そんな頃に耳に入ってきたニュースがこれだったものだから、割烹着だ、リケジョだ、なんて部分はどうでもよくて、純粋に「この人も、頑張ったんだろうな。」と勇気をもらった。

泣き明かした夜も STAP細胞作製、理研の小保方さん
「やめてやると思った日も、泣き明かした夜も数知れないですが、今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていたら、5年が過ぎていました」

だから、

それで、僕の勝手な思い込みが発動したのだ。「佐野氏は僕の夢を斜め上で実現した」→「佐野氏の立場になりたかった」→「佐野氏=僕」w

ところが、ベルギー劇場ロゴ以降の騒ぎはご存じのとおり。なにしろ「佐野氏=僕」だから、そりゃダメージ来るわ。あらゆる攻撃がズシンズシンと、全部僕に来たw

というネタみたいにしか見えない著者の気持ちも、正直わかる。だからこそ僕も、次々に彼女の不正が発覚して追い詰められてゆく姿を見て、切なさとやるせなさとでいっぱいいっぱいだった。

当時の自分のツイッターを見返してみると、出来る限りこの話題には触れないようにしていたけれど、2014年の3月11日に以下の2つのリツイートをしていた。

そうして、自分でも一回だけ

「何かすごい発見したかもしれない」と経験不足が故の詰めの甘さで盛り上がってしまう事ってある。それを真に受けた周りが過剰に期待してしまえば、そこに誤りがあったことに気づいた時に追い詰められて選択を誤ってしまう事だって。だめなことだけど生真面目だからこそ陥ってしまう闇なんだろうな。

と。

博士課程一年目。僕は焦っていた。右も左もわからない未知の分野で、何から手を付けていいかもわからず、すべての事が中途半端で途方に暮れていた。結果を出さなくてはならない、というプレッシャーに潰されそうになりながらも、もう少し頑張りさえすればきっとなんとかなるんだ。と、友達の遊びも断って研究室にこもる毎日だった。そしてある日、ついに、ついに求めていた結果が出た。まだデータの詳細な解析は終わっていなかったけれど、あまりにも嬉しくてすぐに指導教官に報告した。彼も僕の苦悩の日々を見ていたから当然心から喜んでくれた。 これでとりあえず、少し休める。やっぱり努力は報われるんだ、と思った。

だけど現実はそんなには甘くなかった。次の日に結果をまとめている時に、自分のプログラムには重大なバグがあることに気がついてしまった。一気に血の気が引けた。その瞬間に、僕の半年がすべて無駄になったのだ。あの結果はぬか喜びだったなんてつゆ知らず、相変わらず嬉しそうに話しかけてくる指導教官にはその日は何も言えなかった。そして、僕はその後数日間、研究室に行けなかった。

もちろん、結局僕は正直に言った。間違いに気づいたら即座に修正して、そして改めて本当の解を探求する、というのは研究者としての基本中の基本。だけど、そんな基本も初めての時は言うほど簡単なことではない。剽窃だってそう。誰だって楽出来るなら楽したいって思ってしまう。だからこそ大学は「剽窃が見つかれば退学処分にする」と脅してでも学生を厳しく指導する責任があると思う。イントロ丸コピの博士論文が通ってしまうくらいだから、きっと彼女の不幸はそういう教育を受けられなかったことなのだろう

もちろん不正はマズい。謝罪して当然。そして謝罪しても、一度失った信頼はもう戻らない。だけど、だからといってその人が二度と立ち直れなくなるまでボコボコにしてしまって、本当にいいのだろうか。

僕はグラフィックデザインは多少知ってるから、専門家ではない文化人や芸能人など著名人たちのあまりにも的外れなコメントにあきれた。ってことは、誰もが専門外のことについてはデタラメを言ってる可能性がある。「わかんないのなら首をつっこむな」だ。そのへん肝に銘じたい。

という言葉は、今回の佐野氏の騒動に限らず、どんな分野においてもきっと的を得ているのだろう。僕がSTAP細胞騒動の時に感じていた違和感は、クリエーターの彼が今抱えている違和感と同じ質のものなのであろう。彼が言うように「安全圏から叩く」ことは、きっと本当の正義にはなりえない。自分に直接関係のないことであれば、どんな理屈を並べたとて、心の何処かではきっとエンターテイメント性を求めてしまう。 だからこそ一方で、今回の佐野氏の騒動やSTAP騒動を通じて、デザイナーや女性研究者と言う仕事に泥を塗られた人たちにはそれに対して怒る権利があると思う。彼らがバカことをしてしまったからといって、今まで自分たちが必死に積み上げてきた価値さえまでも侮られてたまるか。と。

再度言う。佐野研二郎。僕のデザインという聖域を、バカにしやがって。ただただ、悲しい。なぜ、みんな黙っているんだ!別の作品で、彼は、僕の過去の作品を、アイデアに影響されたのではなく、僕のアイデアをパクっていたのだと思うと気絶する。あの作品で、…

Posted by Hideki Nakajima on Sunday, August 30, 2015

なぜなら、彼、彼女らのように本当の苦しみを本当に理解している人の叱責は、下手をすれば諸刃の剣。だからこそ、これは愛のムチ。過ちを認めしっかりと反省したら、次は汚い手など使わず苦しみながらも正々堂々と戦って、そしてまたいつの日か同じ土俵まで上がって来い。という挑発。

人生の何処かで過ちを犯してしまうことは、程度の差こそあれきっと誰にでもあり得ること。ちょっとした心の甘えが癖になって、そうして分かっていても抜け出せずに苦悩している人もきっとたくさんいるはず。だから、そうやって過ちを犯した人を徹底的に追い込んだってどうしようもない。生産性がないことって、やっぱり虚しい。

そんな人達には「弱くてニューゲーム」の縛りをつけて、もう一回挑戦する道を与えるだけでいいんだと思う。そんな彼らがまた這い上がってくるのを応援するほうが、きっともっとワクワクできる健全なエンターテイメントになると思うんだけどなぁ。

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2015年9月1日


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