オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

カンザスシティにて文化を考える

暑さ寒さも彼岸までと言うけれども、三月も暮れのこの時期にここアーカンソーは大雪に見舞われた。それが春休み一日目の出来事であったこともあり、結果数日を部屋に籠もり無為に過ごす羽目となった。もちろんやらねばならない課題も山積みであったのだが、折角の休みに勉強と思うといま一つ身が入らなかった。かといって、学校が忙しいうちは読書をしたいだの絵を描きたいだの休みを欲してならなかったものが、いざこうして休みを迎えてみると、案外こちらも意気が上がらない。一体どうしたものかと思っていたのだが、月曜日から三日間のカンザスシティへの旅行はそんな堕落した生活に変化を与えてくれた。

カンザスシティとは不思議な市である。川を隔てて東部はミズーリ州で、西部はカンザス州の管轄であるという。アメリカ人の友人に言わせれば単なる何にもない街らしいが、個人的にはとてもいい気分転換になった。第一次世界大戦記念碑、クラウンセンター本社、現代美術館、連邦準備銀行、アメリカジャズ博物館、黒人野球博物館、ネルソン・アトキンズ美術館などといった多くの見場所があり、とても文化的な地域でもあったからだ。

DSCN4531

特に印象的だったのは、ネルソン・アトキンズ美術館だった。日本ではあまり有名ではないが、東洋美術や中国美術のコレクションは全米有数らしく、確かに見応えのあるものであった。「これだけの芸術品を揃えるのに、どれだけお金がかかったのか。」と尋ねられた美術館員はこんな説明をしてくれた。今でこそこれらの作品は莫大な値で取引されるが、第二次世界大戦後、世界中で美術品の価値が暴落した。そして、それが当時多くの資本を抱えていたこの美術館に、これら貴重な美術品を収集することを可能にしたという。展示されている美術品は、倉庫に保管されている作品のほんの一部にしか過ぎないとのことだった。

「日本は明治維新を通じて瞬く間に西洋化に成功した。」中国からの留学生の友達が旅の途中、どんな話の流れであったかそんなことを話し始めた。「中国はいつになっても西洋化に踏み切れず、結局世界の流れにおいて行かれた。一方で日本は三人の指導者に導かれ、西洋から多くを取り入れ、劇的に変化を遂げた。」

確かにそうであり、それは日本の誇るべき歴史であると思う。しかしそれと同時に、その末に日本が失った物についてふと思いを巡らせた。福沢諭吉の「学問のすゝめ」で語られる日本の未来像はとても輝かしい。自由や平等に対する希望や、教育や表現に対する可能性。そして、それを実現するべき意志と気概であふれていた。ところがその一方で、その後に日清戦争を経験し、二〇年余後に新渡戸稲造によって書かれた「武士道」には、こんな記述がある。「私たち日本人にとっては、一八七一年の廃藩置県の詔勅が武士道の弔鐘となるべき合図であった。その五年後に公布された廃刀令は昔の「手に汗することなく人生をおくる恩典、安上がりの国防、男らしい感性と英雄的な行動の保護者」が尽き果てたこと、そして「詭弁家、金もうけ主義者、計算高い連中」の新時代に入ったことのあかしであった。」かつて、英国の著名なジャーナリストで旅行家のヘンリー・ノーマンは極東事情を研究観察し、日本が他の東洋の専制国家と異なる唯一の点は「人類がかつて考え出したことの中で、もっとも厳しく、高尚で、かつ厳密な名誉の掟が、国民の間に支配的な影響力を持つ」ことであると断言したというが、日本は、この歴史的な変革の中でそこから数多くの恩恵を得ると同時に、多くの文化的な衰退を経験したことも否めない。それは、現在の日本の情勢を見れば火を見るよりも明らかである。

以前、さだまさしのCDで、彼が読み上げた小泉八雲の「仏像の微笑み」という明治四〇年に書かれたというエッセイを思い出す。「日本人は、これだけすばらしい文化と伝統を持っていながら、ヨーロッパに追いつけ追い越そうとするそのあまりに欧米人の合理的な心も一緒に輸入しようとしている。器用な日本人は近い将来欧米を遙かにしのぐ製品を生み出すようになるだろう。だが、その時にはもう日本人は日本人ではなく、日本人によく似た西洋人になってしまっていることだろう。そして、そうなった時に日本人ははじめて、かつて自分の町内の角に必ず立っていた石仏の何とも言えないかすかな微笑みに気付くだろう。実はその微笑みは、かつての彼ら自身の微笑みなのだ。」今回、ネルソン・アトキンズ美術館にて多くの仏像を見た。それらは中国のものではあったが、やはりその微笑みには過去に置き忘れてこられた多くの思いが秘められているような気がした。

IMGP0897

「不死鳥はみずからの灰の中より蘇る。けっしてどこかから渡ってくる鳥ではない。」そのために多くを今、学ばなければならない。

 

文化旅行歴史芸術ヨーロッパ留学ブログ(ブログ村)

著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

follow on facebook follow on line
follow via RSS follow us in feedly Subscribe with Live Dwango Reader

Aki • 2010年3月31日


Previous Post

Next Post

Comments

  1. S.T. 2010年4月3日 - 12:47 AM URL

    漱石もイギリスに留学して、近代化による日本文化の衰退を危惧したそうです。アジア圏の台頭と肥大化した行政によって、日沈む国となった日本。
    この国をもう一度喚起させるには、私たちの世代が日本のあり方について考えねばなりませんね。もう手遅れである感も否めませんが…

  2. Aki 2010年4月4日 - 6:18 AM URL

    国というものの確固たるイメージの消失がその問題の一つなんでしょうね。
    戦後教育や政治方針の変革による、日本人が日本人であることを誇りで思えない時代に、日本の再興を夢見るのは難しいような気がしますね。
    政界では、保守層を中心に再編に向けた活動が最近活発になっているようですね。
    失われた物はあまりにも多すぎますが、今からでも守れる物は守って行かなくてはいけませんね。

  3. コメントを残す

    Your email address will not be published / Required fields are marked *

    *