オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

【読書記録】花のきもの(宮尾登美子)

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考えてみれば、この着物ほど十分役割を全うしたものはなく、ある農家の一軒で繭から糸、反物になったのち、その家の娘の着物となって十いく年、よくよく愛用されたあと、また元の家に戻って嫁の手で再生され、末路は蒲団、ハタキとなってそして命数尽きてしまった。

今は私も着物が増えて一季節に一度手を通すか通さないものがたくさんある。一枚を着詰めるなどということは決してなく、破れるどころか、少し汚れでもしたらもう着られないように思っており、昔を振り返ればこんな贅沢な着かたをするとバチが当たるのではないかと反省させられることは度々である。…

いま、ものに対する深い愛着を人は失いはせぬかと思うほど、店にものが溢れ、思い通りの商品は探せば必ずあるという世の中になったが、昔はこうして、好きなものはよく考えて下手なりにでも自分の手で生み出さなければ、椿の風呂敷など、どこにもありようがなかったのである。…

もし戦争さえ無かったら、女性のほとんどは母、祖母から伝えられた大事な衣類を未だに温存していたろうし、それによって衣裳文化はいまとは大分変わったものになっていたかもしれないと思うのである。

古きよきものをなくした理由は、第一に戦災で焼けてしまったことの他に衣料が酷く払底して、衣料と食糧とを交換したことや、かたい生地のものはもんぺという労働着に仕立て直してしまったことや、また補給が利かないため、日常着潰してしまったということもあったろう。

何しろ、昭和十六年頃からずっと、女の衣類は生産がひどく低下していたのだから、戦後それが復活するまでのおよそ十年近い年月の間に、日本の女性は持てるものの大半を失ってしまったと考えて良いと思う。

「女の着物にはその時々の悲しみや喜び、そして大きく言えば世相まで染み付いている」とあとがきにあったが、菊、梅、椿、紫陽花、と様々な花に因んだ着物を通して語られる彼女の人生は同時にまさにそんな着物の如く。過酷な時代を生き、擦り切れ、破れ、時には失われさえしても、幾度と無く形を変えて美しく返り咲く。強さと脆さとが共存し、そしてそこに美があったかつて日本の姿。


著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2014年4月10日


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