オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

【読書記録】海辺のカフカ (上下)(村上春樹著)

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ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるがゆえに人間の心を強く引きつける――少なくともある種の人間の心を強く引きつける、ということだ。たとえば君は漱石の「鉱夫」に引きつけられる。「こころ」や「三四郎」のような完成された作品にない吸引力がそこにはあるからだ。君はその作品を見つける。別の言い方をすれば、その作品は君を見つける。シューベルトのニ長調のソナタもそれと同じなんだ。そこにはその作品にしかできない心の糸の引っ張り方がある..

象徴性と意味性とは別のものだからね。彼女はおそらく意味や論理と言った冗長な手続きをパスして、そこにあるべき正しい言葉を手に入れることができたんだ。中を飛んでいる蝶々の羽を優しくつまんで捕まえるみたいに、夢の中で言葉をとらえるんだ。芸術家とは、冗長性を回避する資格を持つ人々のことだ..

でもそういうふりをしているだけの詩もたくさんある..
そういうふりをするのは、コツさえ呑み込んでしまえばむずかしいことじゃないからね。それらしく象徴的な言葉を使えば、いちおう詩のように見える..

でも『海辺のカフカ』の詩には何かとても切実なものが感じられる..

そこにある言葉は表層的なものじゃない。もっとも僕の頭の中では、その詩はすでにメロディと一体化してしまっているので、純粋に詩のかたちだけを取り上げて、そこにどれほどの独立した言語的説得力があるのか、正確に判断できなくなってしまっているわけだけど――

この作品は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」や「ねじまき鳥クロニクル」のテーマであった人間の無意識と想像力を再度探求しつつも、今回は更にその物語自体の表現方法を「象徴性と意味性」との分離を意識しメタ認知的に探求することを挑戦する。著者は、芸術家は「意味や論理と言った冗長な手続きを回避する資格を持つ人々」だとし、従って作中に出てくる『海辺のカフカ』という詩からその価値を具体的に認知させる「冗長性」を排除しながらも、登場人物にきっとこれは表象的なものではない“ホンモノ”と確信させる。同様に象徴性が散りばめられたこの作品からも多くの場合その「冗長性」が意図的に回避されるため、物語が進むに連れて徐々に釈然としない思いが募ってゆく。しかしこの一種の後味の悪さこそが、「完成された作品にない吸引力」であり、そしてそれは「その作品にしかできない心の糸の引っ張り方」とする著者の狙いなのであろう。

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2014年8月6日


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