オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

【読書記録】BRAIN VALLEY〈上下〉 (瀬名秀明 著)

brainValley

「残念ながら、神は実在しないのだ。我々ヒトの脳が自分自身のために作り上げた幻覚だ。…だが、この『神』という幻覚こそ、ヒトという生物の謎を解く鍵だと私は考えている。
いったい『神』とはいつ現れた概念なのだろうか。ヒトが発明したものなのか、それとも多くの生命が共有する概念なのか。[…] 生命は脳の発達にともなって『神』という概念を発展させてきたのだ。そしてこの『神』こそが、我々ヒトをここまで進化させてきた原動力だという結論に私は達したのだ。」
「神を信じたとき、我々が取る行動を思い返してみるがいい。有史以来、ヒトは神という超越した存在をシンボルとして、思想を共有し、行動を共にし、そして己を形成してきた。神によって我々一人一人の思考や行動が統合され、大きな歴史のうねりを作り出してきた。ヒトという無数の個が全体の動きを生み出すのだ。そしてその全体のうねりは個々の行動へと還元され、ヒトという個に新たな影響を与える。そしてその影響を受け、ヒトは新たなうねりを作り上げる。我々の歴史はその積み重ねだった。―興味深いことに、この現象は科学の用語で端的に表すことができるのだ。
神という概念は、創発の優れた引き金となるのだ。ヒトという無数のミクロの動きは、社会や歴史というマクロな動きを規定している。だが時折、思いもかけない効果が生じ、ミクロの動きからだけでは説明の付かないマクロな現象が立ち上がることがある。これはカオスや人工生命の領域で盛んに論じられる創発に他ならない。では実際に、この創発の結果生じたことは何だったか?
いうまでもない。我々ホモ・サピエンスの進化なのだよ
今述べた創発はヒトの行動についてのものだった。だが、果たして神の概念が与えたものはそれだけだろうか?考えてみたまえ。我々は神について思いを巡らす。それによって神の概念は般化し、共有される。共有された神は個々のヒトに影響を与える。わかるだろう、これが奇跡だ。神の奇跡こそ我々の社会を、いや、それのみならず我々の肉体を、脳と思考と心を変化させ、そして我々に新たな働きと方向性とかたちを付与してきたのだ。進化した脳はどうなるか?さらに優れた神の概念を構築する。それによって生じた神はさらに強力な奇跡を与えるだろう。この繰り返しによって我々ヒトは進化し、同時に神自身もまたこの循環の中で進化してきたのだ。我々人類は神を創りあげ、その複雑なうねりの中で奇跡を生み出してきたのだ。その中で最も優れた奇跡、それが人類の進化だったんだよ。

進化は無目的だとされる。「無目的に、より良くなろうなどといった意志を持つこともなく、ただ生きてきた。そしてその結果、環境に適応するために、生命は進化した」と。しかし、サイバースペースの中で進化したデジタル生命が、モニタの向こうで「神」が何を考え、何を感じ、何を目的としているのかどうして理解することができようか。科学はいわゆる「神」の存在を否定する。「我々ヒトの脳が自分自身のために作り上げた幻覚だ」と。そうであるとするならば、その奇跡を見せる「脳の疾患」を抱えたヒトが、どうして進化競争を勝ち抜いてこれたのか。物語における理論は、サイエンスとテクノロジーの文献に基づいて丁寧に組み立てられ、「この『神』こそが、我々ヒトをここまで進化させてきた原動力」なのではないかと問いかける。もしそれらの「神」を一つの生命体であると仮定したのであれば、「『神』とは人の脳の中で生まれるデジタル生命」であると仮定したのであれば、ヒトの進化は「神」同士の生存競争の結果であったのではないかと。これらの分野に携わる人であれば誰もが妄想したことのあるような仮説に息を吹き込む傑作SF小説。

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2015年6月9日


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