脳科学や人工知能、理系向けオススメ小説10冊。理系だからこそわかるこの熱さ。
読書の好きな留学生にとって、留学生活は時として非常に辛い。田舎であればあるほど手に入る日本語の本は限られてくるし、あったとしてもその値段は平気で正規価格の2,3倍したりする。hontoなどのオンライン書店を使えばSAL便等で比較的安く郵送して貰うことも可能だけれど、あまり買いすぎては引っ越しや帰国の際に荷物が重くなりすぎて困ることになる。そういうわけでアメリカに留学していた頃は日本語の本を読むことは殆ど諦めていた。今でこそkindleの解像度は高くなったけれど、当時はまだ800×600とかそんなレベル。これはpdfにした本を読むにはまだキツイレベルだった。
それでも当時から電子ペーパーに惹かれていた自分は、文庫本サイズのkindleは諦めて、B5サイズである代わりに解像度が1200×825あるというOnyx BOOX M96を購入。付属のスタイラスペンでメモも書き込めるため、論文を読んだりするために愛用していた。とはいえ、当時の技術ではまだ動きは鈍いし何よりも重かった。500gという重さは最初は全然平気な気がしても、後から段々こたえてくる。そんなわけで「気楽に読書をする」という体験をこれで代替するのにはまだ少しだけ無理があった。
だけどこの課題も技術の進歩とともについに克服された。2年前に購入したSonyのPRS-T3Sというeブックリーダーは文庫本サイズで解像度は1024×758で重さも160g。同等の性能を持ったkindle paperwhiteも選択肢にあったけど、SDカードを使えたり書き込みが出来ることからこっちを選択。動きもサクサクでもはや何一つ文句のつけようがない。そんなわけでこれを買ってからと言うもの世界が変わった。笑
その頃くらいから本を読む度にその内容や思ったことを忘れないように300文字程度で記録しておくようになった。『読書の記録』の欄にはその一覧を載せている。それをふと見返してみると、サイエンス系の小説を結構好んで読んでいることに気がついた。しかも自分の研究の影響でか殆どが脳科学…(笑) そんなわけで「何か面白い理系向け小説ない?」「理系だからこそ楽しめる小説知らない?」「脳科学を題材にした小説教えて!」なんて人のために今まで読んだものから10冊ほど紹介することに^^
- 【東野 圭吾】変身(1991)
- 【東野 圭吾】パラレルワールド・ラブストーリー (1998)
- 【東野 圭吾】分身 (1996)
- 【東野 圭吾】天空の蜂 (1998)
- 【川端 裕人】The S.O.U.P. (2004)
- 【瀬名 秀明】BRAIN VALLEY〈上下〉 (2011)
- 【瀬名 秀明】あしたのロボット(2002)
- 【森 博嗣】すべてがFになる The Perfect Insider (1998)
- 【ダニエル・キイス】アルジャーノンに花束を (2005)
- 【カズオ・イシグロ】わたしを離さないで (2008)
まずはベタなところから東野圭吾の著書。脳科学関連のテーマを扱った「変身」「パラレルワールド・ラブストーリー」の2冊。
1. 【東野 圭吾】変身(1991)
あんたには分からないさ。脳を特別の存在と考えてはいけない、なんていってるあんたにはな。脳はやっぱり特別なんだ。あんたに想像できるかい?今日の自分が、昨日の自分と違うんだ。そして明日目が覚めた時、そこにいるのは今日の自分じゃない。遠い過去の思い出は、全部別人のものにしか過ぎなくなる。そんな風にしか感じれないんだ。長い時間をかけて育ててきたものが、ことごとく無に帰す。それがどういうことか、わかるかい?おしえてやろうそれは…
…それは死ぬってことなんだよ。生きているというのは、単に呼吸しているとか、心臓が動いているとかってことじゃない。脳波が出ているってことでもない。それは足跡を残すってことなんだ。後ろにある足跡を見て、たしかに自分がつけたものだとわかるのが、生きているということなんだ。だけど今の俺は、かつて自分が残してきたはずの足跡を見ても、それが自分のものだとはどうしても思えない。二十年以上生きてきたはずの成瀬純一は、もうどこにもいないんだ
生物にとって死とは、生体を維持する生物学的機能の終わりであるとされる。しかし人間にとって「生きる」ということは、同時にその意味の探求でもある。自分が生きている理由や、生きてきた理由。そんな問いかけは時に自分を無価値にし、しかし時にそれこそが明日を生きることへの原動力にもなる。「世の中には理不尽な目にあっている人間は数多くいる。皆その理不尽さに腹を立てながら、その怒りをエネルギーにして生きているんだ。」そうやって失敗や成功、苦悩と歓喜を繰り返した自分の人生の連続性の上の今日だからこそ、人は生きてきたことを実感し、生きていることを認識できるのだろう。
2. 【東野 圭吾】パラレルワールド・ラブストーリー (1998)
もう忘れたい。はじめっから、彼女は僕の恋人なんかじゃなかった、そういうことにしたいんだよ。そうしなきゃ、これから先も生きていけそうにない。…
記憶は時には人を縛るものなんだよ。今、僕を苦しめているのは記憶なんだ。それを取り除いてほしい。
一つの世界に生きながらして、誰しも自分の中の記憶が形作る世界にも生きる。それはまるでパラレルワールドの如く。「どれだけ近づいても、双方の空間に交流がない。あちらはあちらで、こちらはこちらで世界が完結している」。人の心に深い爪痕を残すものは、現実世界にあった過去ではなく、記憶の世界に組み込まれたその過去。一人の男は失われた刹那の幸せが残した絶望を嘘に変えるため、そうしてもう一人は弱い自分に対する悲しみと苦痛から逃れるために記憶の世界を書き換えた。脳の反応が幸せを定義するという科学の解明した現実の味気なさと、そんな世界で戸惑いながらも生きる若者たちの切ないラブストーリー。
3. 【東野 圭吾】分身 (1996)
そして遺伝子操作、体外受精などをテーマにした「分身」
存在しなくても良かったのかと問われると、泣きたくなるくらい困ってしまう。こんなに苦しまねばならないのなら生まれてこないほうがよかった、という思いはたしかにある。だが一方では、私はうつむいてかぶりを振っているのだ。ちっぽけで、他の人にとってはとるにたらないようなものであるにせよ、私は自分の過ごしてきた時間を宝石のように大切にしている。
…自分の生が間違いないといいきれる人間なんて、この世にいるんだろうか。同時にこうも思う。自分が誰かの分身でないといいきれる人間なんているんだろうか、と。むしろ誰も彼も、自分の分身を求めているんじゃないのかな。それが見つからないから、みんなは孤独なのだ。
誰にだって一つや二つ、きっと心の奥に開かずの扉があるのだろう。もしかするとその扉の向こうでは、遠の昔に捨てたはずの感情もまだその日のままで、真実など知る由もなく生き続けているのかもしれない。だからこそ目の前で不意に希望の光が揺らめいた時、その扉の鍵を手にした時、人は咄嗟の判断を誤ってしまうこともあるのだろう。進みすぎた科学技術とそれに付け込まれる人間の心の弱さ、踏み入れてはならぬ領域とそれに掻き立てられる人間の性。それらが複雑に作用し合って生まれた巨大な恐怖の闇に飲み込まれそうになりながらも、それでも懸命に生きようとする2つの命を描く物語。
4. 【東野 圭吾】天空の蜂 (1998)
もう一つ、最近映画化もされたエンジニア魂をくすぐる小説「天空の蜂」
絶対に落ちない飛行機があるかい?ないよな。毎年多くの死者が出ている。それに対して、おまえたちのできることは何だ?落ちる確率を下げていくことだろう。だけどその確率をゼロにはできない。乗客はそれを承知で、その確率ならば自分は大丈夫だろうと都合よく解釈して乗り込むわけだ。それと同じなんだ。俺たちにできることは、原発が大事故を起こす確率を下げることだけだ。
原発が大事故を起こしたら、関係のない人間も被害に遭う。いってみれば国全体が、原発という飛行機に乗っているようなものだ。搭乗券を買った覚えなんか、誰にもないのにさ。だけどじつは、この飛行機を飛ばさないことだって不可能じゃないんだ。その意志さえあればな。ところがその意志が見えない。乗客たちの考えがわからないんだ。一部の反対派を除いて殆どの人間は無言で座席に座っているだけだ。腰を浮かせようともしない。だから飛行機はやっぱり飛び続ける。そして飛ばす以上、俺たちにできることは最善を尽くすことだけなんだ。
二束三文の正義を語り自らに酔いしれる者とそれを横目に沈黙を決め込む群衆。その狭間で人知れず闘う技術者の葛藤がここにある。今ある幸せが一体誰の手によって生み出されたのか、そしてその為に一体誰が犠牲を払ったのか。幸せを先に与えられる平和ぼけしたこの国でそれらのことはあまりにも蔑ろにされてきた。覚悟もなくその幸せに生きる人々の目には、その幸せの代償やそれ生む為に命を賭す人達の姿は映らない。彼らは、人々のその覚悟を杞憂に終わらせるために人生や家族を振り回してまで闘っている。その尊さを決して忘れてはならないと考えさせられる物語。
5. 【川端 裕人】The S.O.U.P. (2004)
もう少しコンピュータサイエンス寄り、人工知能寄りのものが読みたい人は、川端裕人の「The S.O.U.P.」を是非一読あれ。
時々、インターネット全体がひとつの脳ではないかと思うことがあるよ。論理的なレヴェルではインターネットで繋がれたコンピュータの複合体は、超絶的な処理能力を持ったスーパー・スーパー・コンピュータと同等だ。
..人間の意識とは、脳の量子状態なのだという仮説があるだろう。もしも、本当にそうならインターネットで繋がれたコンピュータや幹線の量子状態は、ひとつの意識なんだろうか。一貫した自意識を持っているとは思えないが、赤ん坊がまどろみの中で見るような夢をインターネットは見ているのではないだろうか。
..インターネットはひとつの巨大な脳だ。浅い眠りの中で、夢を見続ける脳だ。
半導体回路上の0か1の電荷の情報が、コンピュータを通じて論理空間を構成する。そして、脳中のニューロン結合をイメージして設計されたそれらのネットワークが、より広大な空間に意識を産み落とし、そこにもう一つの世界が生まれた。「情報量が稠密になっていくと、それまでディジタルな記号にすぎなかったものが、リアルなものとして立ち上がる瞬間がある」その世界は『見た目は似ているが、本当は違う』と定義され、また一方で『見た目は違うが、本質的には同じ』とも定義されるような未だにまどろみの中にある世界。しかし人間の心が心たりえる「繋がり」というリアリティはもう確実にそこにはあった。そんな世界を舞台にした、情報社会において神でも悪魔でもありうるハッカー達による創世記。
6. 【瀬名 秀明】BRAIN VALLEY〈上下〉 (2011)
そして人工知能・人工生命つながりで、もっとガチなサイエンス小説・脳科学小説を読みたいという人には瀬名秀明の「Brain Valley」がオススメ。
「残念ながら、神は実在しないのだ。我々ヒトの脳が自分自身のために作り上げた幻覚だ。…だが、この『神』という幻覚こそ、ヒトという生物の謎を解く鍵だと私は考えている。
いったい『神』とはいつ現れた概念なのだろうか。ヒトが発明したものなのか、それとも多くの生命が共有する概念なのか。[…] 生命は脳の発達にともなって『神』という概念を発展させてきたのだ。そしてこの『神』こそが、我々ヒトをここまで進化させてきた原動力だという結論に私は達したのだ。」「神を信じたとき、我々が取る行動を思い返してみるがいい。有史以来、ヒトは神という超越した存在をシンボルとして、思想を共有し、行動を共にし、そして己を形成してきた。神によって我々一人一人の思考や行動が統合され、大きな歴史のうねりを作り出してきた。ヒトという無数の個が全体の動きを生み出すのだ。そしてその全体のうねりは個々の行動へと還元され、ヒトという個に新たな影響を与える。そしてその影響を受け、ヒトは新たなうねりを作り上げる。我々の歴史はその積み重ねだった。―興味深いことに、この現象は科学の用語で端的に表すことができるのだ。
神という概念は、創発の優れた引き金となるのだ。ヒトという無数のミクロの動きは、社会や歴史というマクロな動きを規定している。だが時折、思いもかけない効果が生じ、ミクロの動きからだけでは説明の付かないマクロな現象が立ち上がることがある。これはカオスや人工生命の領域で盛んに論じられる創発に他ならない。では実際に、この創発の結果生じたことは何だったか?
いうまでもない。我々ホモ・サピエンスの進化なのだよ。今述べた創発はヒトの行動についてのものだった。だが、果たして神の概念が与えたものはそれだけだろうか?考えてみたまえ。我々は神について思いを巡らす。それによって神の概念は般化し、共有される。共有された神は個々のヒトに影響を与える。わかるだろう、これが奇跡だ。神の奇跡こそ我々の社会を、いや、それのみならず我々の肉体を、脳と思考と心を変化させ、そして我々に新たな働きと方向性とかたちを付与してきたのだ。進化した脳はどうなるか?さらに優れた神の概念を構築する。それによって生じた神はさらに強力な奇跡を与えるだろう。この繰り返しによって我々ヒトは進化し、同時に神自身もまたこの循環の中で進化してきたのだ。我々人類は神を創りあげ、その複雑なうねりの中で奇跡を生み出してきたのだ。その中で最も優れた奇跡、それが人類の進化だったんだよ。
進化は無目的だとされる。「無目的に、より良くなろうなどといった意志を持つこともなく、ただ生きてきた。そしてその結果、環境に適応するために、生命は進化した」と。しかし、サイバースペースの中で進化したデジタル生命が、モニタの向こうで「神」が何を考え、何を感じ、何を目的としているのかどうして理解することができようか。科学はいわゆる「神」の存在を否定する。「我々ヒトの脳が自分自身のために作り上げた幻覚だ」と。そうであるとするならば、その奇跡を見せる「脳の疾患」を抱えたヒトが、どうして進化競争を勝ち抜いてこれたのか。物語における理論は、サイエンスとテクノロジーの文献に基づいて丁寧に組み立てられ、「この『神』こそが、我々ヒトをここまで進化させてきた原動力」なのではないかと問いかける。もしそれらの「神」を一つの生命体であると仮定したのであれば、「『神』とは人の脳の中で生まれるデジタル生命」であると仮定したのであれば、ヒトの進化は「神」同士の生存競争の結果であったのではないかと。これらの分野に携わる人であれば誰もが妄想したことのあるような仮説に息を吹き込む傑作SF小説。
7. 【瀬名 秀明】あしたのロボット(2002)
そして同じ著者のロボットや人工知能をテーマにした短編集、「あしたのロボット」。個人的に今回紹介する中でも一番好きな一冊。
ロボットというのは、希望の装置なんだと思っています。それは挫折と表裏一体です。希望をいだかせるからこそ、常に挫折感が残る。つくった側も、使った側も、常に無念さを味わう。..
今はだめだろう、でも次の時代には、次の時代にはってね。それは幻想だと思いますよ。でもね、そこを夢見ることができない時代なんてどうしようもない。希望があるからこそ我々は挫折を克服できるんじゃないですか。ロボットはその力を気づかせてくれる..
これからはそれしかないんだろうと思います。..
ロボットの研究者は、未来のことを考え続けていてください。中途半端じゃ駄目です。一所懸命に考えてください。それがあなた達の使命なんだ。多くのことは実現しないかもしれない。でもその努力を続けることが、今という時代を未来の希望に近づけるんです。あなた達の分野だけじゃない。この世界を、世界全体を、未来の希望に近づける。それくらいの力があるんです。一歩ずつ。ほんの少しずつ。
この一冊には、ロボット研究者たちの夢が詰まっている。好奇心に満ち溢れ驚きの心を行動に移す力が有り余っていた恐れ知らずな少年少女たちの抱いた夢が。遠い未来、荒れ果てた地でロボットが星空を眺めながら問う。「なぜヒトは、好奇心を持つ心を設計し、自分たちロボットにそれを託したのだろうか」と。時の流れとともに忘れ去られてしまったそんな夢の記憶を集めるため、ロボットは旅に出る。そして、一つ一つ発掘される物語。咲いた夢、散った夢。舞った夢、逝った夢。それらは後悔や挫折の風雨に晒され今にも消え入りそうな蝋燭の灯、だけど決して消えない灯火。希望を信じて笑って小さな感動に涙して、そしてその夢がいつの日か吹くことを信じて生きた人々の記憶がそこにはあった。大好きな一冊
8. 【森博嗣】すべてがFになる The Perfect Insider (1998)
研究者としての人生のあり方を問う一冊としておすすめするのが森博嗣の「すべてがFになる The Perfect Insider」。
僕ら、研究者は何も生産していない、無責任さだけが取り柄だからね。でも、百年、二百年先のことを考えられるのは僕らだけなんだよ..
二十代は、遮二無二勉強をした。研究だけに時間を使ってきた。目の前にある自分だけの問題に興奮し、自分だけの征服感が最高のものだと信じていた。純粋な学問は果てがない。到達感のない虚しさこそが貴重なものだとも思った。..
それが、科学というものなんですよ。地球の最初の生命はどうして誕生したのか?どんな説にしたって、そんな奇跡的なことが何故起こったのか、と問われるんですよ。一番、可能性のあるものを取るしかない。それを信じるしかないんです。..
僕は、真実を知っているわけではない。ただ、科学的に実現が可能な方法があることに気づいただけだ。
外界とは完全に遮断された自分だけの空間で朝から晩まで研究に没頭でき、給料は普通のサラリーマンの三倍。そんな研究者にとっては「理想的な職場」で起きた密室殺人事件。物語は事件の全貌を徐々に明かしながら、その過程で「研究者としての人生」のあり方について読者に問う。主人公は「こういうことに対して、寂しいとか、虚しい、なんて言葉を使って非難する連中こそ、人間性を見失っている」と憤る一方で、本当は誰よりも自分自身がそんな人生の「虚しさ」を理解している。研究の世界に没頭することで周囲との些細な摩擦程度には動じなくはなったが、一方でその結果ごまかしながらでしか生きることのできなくなった彼の葛藤も描かれる。幾度にもペンキを塗り重ねたのは、本当は常に何かに怯えていたから。だから、そうやって見せる自信なんて「小心者のポケットみたいなもの」だと口にする。しかしそれでも彼が歩み続けられるのは、そうやって生まれた雑多の人格を「液体のようにミックス」させてしまわない精神の強さがあるから。それぞれのパーツとしての独立を失わせない器用さを持ち得たから。研究者という浮世離れした社会について改めて考えさせられた一冊。
9. 【ダニエル・キイス】アルジャーノンに花束を (2005)
ガラッと雰囲気を変えて、一昔前のベストセラー、ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」
知能だけではなんの意味もないことをぼくは学んだ。あんたがたの大学では、知能や教育や知識が、偉大な偶像になっている。でも僕は知ったんです、あんたがたが見逃しているものを。人間的な愛情の裏打ちのない知能や教育なんてなんの値打ちもないってことをです。…
知能は人間に与えられた最高の資質のひとつですよ。しかし知識を求める心が、愛情を求める心を排除してしまうことがあまりに多いんです。これはごく最近僕がひとりで発見したんですがね。これを一つの仮説として示しましょう。すなわち、愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである。つまりですねえ、自己中心的な目的でそれ自体に吸収されて、それ自体に関与するだけの心、人間関係の排除へと向かう心というものは、暴力と苦痛にしかつながらないということ。
この物語は知的障害を持った一人の男の変化を通じて、人間の知性と心というテーマを探求する。男はただ純粋に、賢くなれば人からより愛されて幸せになると信じていた。しかし世界を知って広げようと一生懸命になるほど、それが段々狭くなっていってしまうこともある。見えないからこそ見えてた世界が、見えたからこそ見えなくなってしまうから。彼の急激な知性の増大は、彼の精神の成長を置き去りにした。彼の渇望したその一見輝かしい世界で、彼は愛に飢え、孤独を苦しみ、そして崩壊していく。そんな人生の皮肉を通じて幸せとは何かを問う。
10. 【カズオ・イシグロ】わたしを離さないで (2008)
そして最後は、生命科学の研究倫理について考えさせられる一冊、日系イギリス人の人気作家、カズオ・イシグロ氏による「わたしを離さないで」
新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心のなかでは消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱きしめて、離さないで、離さないでと懇願している。私はそれを見たのです。
「作品は作者の魂を見せる」残酷な運命に生まれしかし幸せを夢見て小さな頭を懸命に働かせる子供達。世界を知るにつれ現実を受容しながらも心の奥では希望の炎は揺らめき続ける。運命は変えられずともそれを精一杯輝かせようとする人生は彼らの全てが詰まった作品だと思った。
最後に
何か他にも面白い「理系小説」を知っている人がいれば是非教えて下さい♪
著者紹介:
高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^
@hogsford 2016年2月14日 - 6:33 PM
ブログ更新しました。最近読んだ本で、理系こそ好きそうな小説をいくつかまとめて紹介♪
「脳科学等を扱った理系向け小説10冊。理系だからこそわかるこの熱さ。」 https://t.co/6KSkpmphWK
@ondatomo 2016年2月16日 - 5:03 AM
本を読んでる人の文章はやっぱり厚みが違う(^^;)
脳科学や人工知能、理系向けオススメ小説10冊。理系だからこそわかるこの熱さ。 https://t.co/023oLcmidW @hogsfordさんから
@hogsford 2016年2月16日 - 10:37 AM
ありがとうございます♪面白い本ばかりなのでぜひ読んでみてください^^ RT @ondatomo 本を読んでる人の文章はやっぱり厚みが違う(^^;) 脳科学や人工知能、理系向けオススメ小説10冊。理系だからこそわかるこの熱さ。 https://t.co/6KSkpmphWK