オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

Final viva! オックスフォード大学博士課程・最終口頭試問

前回最後に投稿した記事「Thesis submitted. 博士課程の4年半を時系列で振り返ってみた。」から、早いものでもう2年。

「ブログの更新楽しみにしています!」という声に、「今度書きます!」と答え続けてきたけど、さすがにこのままだともう一生書かない気がしてきたので、もうだいぶ前のことになりますが、博士課程の最終試問を受けた時のことを書き留めておきます。


2012年の秋から始まったオックスフォード大学での博士課程。

山あり谷ありの道のりをひたすら歩み続け、ようやく2017年春、総単語数 15 万、ページ数 350 にも及ぶこの 4年半の記録を博士論文という形で纏め上げ、最後の口頭試問のみを残し日本に帰国した。

 

あれから半年後、漸く博士課程の最終口頭試問の日程が決まり、再び渡英した。

最終口頭試問では、2人試験官の内、1人はオックスフォード大学の教授、もう1人は外部の大学の教授という決まりになっている。そして何れも、自分の博士課程の間に直接指導されたり共同研究をしたりという個人的な繋がりはあってはならないものとなる。

また、試験官となる外部の教授とは、予めこの試問に関する一切の連絡を取り合うことが許されておらず、僕の場合は当日が初めての対面となった。

この試験において、内部の教授は基本的には最低限の成果の確認を行い、主な試問は外部の教授によって進められる。

 

場所は内部の教授の所属するカリッジ、ペンブルクカリッジ (Pembroke College) の一室。

そして、正式な試験のため Oxford の伝統で sub fusc という正装を身にまとう。

https://www.chch.ox.ac.uk/blog/guide-sub-fusc

Sub fusc はラテン語で “dark brown” という意味でしかないけれど、具体的には、暗い色のスーツや靴下をはく必要があったり、柄のない白いシャツや決められたガウン、キャップを身に着ける必要がある。

 

開始時刻は朝 9:30 分。

 

Pembroke College の指定された部屋の前で待っていると、中から “Come in” との指示。

 

この口頭試問は別名 “Defence” ともいわれる。

致命傷を受けることなく、守り抜けば勝ち。

与えられる武器は4年半の間に学んだすべての知識。そして 350 ページにも及ぶ分厚さの博論という名の盾のみ。

ルールは単純明快。

ゲームスタートだ。

まずは顔合わせ。笑顔で僕を迎え入れる2人の教授。

外部の教授とは今回が初めての対面だったけれど、写真で見た通りの優しそうな見た目で少し安心。

簡単にお互い自己紹介をした後に、一息つき、そして外部試験官はこう切り出した。

「さて、まずは君の研究について簡単に説明してくれるかい?」

僕の博論は、全部で8章。1章はイントロ、8章は結論なので、主な研究内容は、2章から7章の6章だ。

博士課程の Defence は基本的には 2 時間なので、ざっくり1章あたり 15 分程度のスピード感で進めていかなくては後々大変なことになる。そう考えつつ、5分程度の時間を使って研究の概要を説明した。

 

しゃべり始めこそ緊張で少し声が震えたが、すぐに調子を取り戻した。

「なるほど。問題はなさそうだね。じゃぁ、一章ずつ順番に進めていこうか。」

 

そういって彼は、数か月前に examination school に提出した博論の原本を机に出し、ページをめくり始めた。

彼の手元にチラッと視線を落とすと、その原本には、すでにたくさんのメモが書き込まれていた。

正直この試験が始まるまでは、どうせ試験官もこんな長い博論に目を通す時間なんてないだろう。と高をくくっていたが、どうやらそんなことはないらしい。

間違いなく彼は僕の博論を読み込んでいる。

また少し鼓動が早くなるのを感じた。

 

第2章 “The Neural Basis of Object Shape Representations” は、博士課程 1年目の時に、いつになっても思うような結果が出ず、泣きそうな思いでやっていた研究内容だ。

霊長類の脳は、与えられた視覚的な情報から単純なパーツを検出し、その分解された情報が腹側視覚経路の入力として用いられる。脳はこの経路の処理において、単純なパーツの表象の組み合わせからより複雑な形状の表象を学習し、基本的にはその繰り返しにより最終的には「特定の人の顔」のような複雑な視覚的物体の表象を学習しているものと考えられている。この章における焦点は、この中間過程において、どのようにして物の形状に特化した表象が自立的に学習されうるのか、という部分にあった。

「これは僕が過去にやった研究にも共通する部分がある。よい着眼点で大切なポイントを深く掘り下げていると思う。」

細かい点でいくつかの指摘はあったが、基本的には良い反応だ。ただ、時間が押してしまい、この時点ですでに30分程度が経過していた。

 

第3章The Neural Basis of Face Representationsは、前章で提唱した理論に基づき、「顔」の表象がどのようにして学習されうるかを議論した内容。同一の顔の中にある “identity” “expression” という異なる次元の情報をどのようにして「教師なし」の環境で分けて学習できるか、という部分も大きなポイントであった。また、一般的に顔の特徴を強調させた「似顔絵」の方が認知されやすい理由についても示唆することのできる結果だった。この研究結果は、幸い Psychological Review という、この分野ではトップのジャーナルにも掲載された内容でもあったため、なかなか難しい質問も多くされたがそれなりに自信をもって答えることができた。

ただ、ここでもまた多くの時間を要してしまい、すでに開始から1時間が経過していた。

 

4 The Neural Basis of Cognitive Bias Modification as a Clinical Treatment for Depressionは、前章で検証した理論に基づき、精神病患者の認知バイアスを、視覚入力を用いて改善する手法を模索した内容となる。これは、NHK 「心と脳の白熱教室」で性格に寄与する遺伝子に関して授業を行っていたエレーヌ・フォックス教授との共同研究。こちらもJournal of Consulting and Clinical Psychologyという、その分野ではまずまずの雑誌に研究結果を出版しており、自信をもって落ち着いて説明することができた。

 

試験官も「前章の研究ともうまく繋がっていて、とても良い。」と評価は上々。

 

5 The Neural Basis of Border Ownership Representationsでは折り返し地点にさしかかる。これは前半部分で提唱し報告した理論の不完全性に関して自ら暴露する内容。最近では Deep Learning の分野でも度々話題に上がるAdversarial Noiseとも根本的には同じ弱点に関する内容である。博論の前半部分では、対象の物体を、移動や回転等の変換にかかわらず検出できるよう学習する仕組みを持ったモデルについて解説してきた。言い換えればこのモデルでは、対象の物体が大きく傾いていても小さく縮小されていても、学習されたその物体の表象は一定であることが期待される。 このような物体の変換に普遍的な認識能力は脳の中でも一般的な機能であるが、典型的な rate-coding を用いたモデルではこの時、例えば同じ視覚入力の中に複数の対象の物体が存在した場合、どの物体がどの表象の発現に寄与しているのかということをローカルな視点からは分かりえない。いわゆる “superposition catastropheという弱点だ。この解決策の一つとして、理論上は、より複雑な “Spiking neural network” を活用できることを示唆してこの章は終わる。

 

時間はもうすぐで予定していた2時間が経過しようとしていた。

試験官の表情は少し曇っていた。

「この章に関してなんだが…」

言葉を慎重に選ぶように彼は言った。

「正直、失望したよ。」

「失望した」とはかなり強い言葉だ。今まではどの質問にもすかさず答えてきたが、これにはさすがに動揺して言葉を詰まらせた。

「正直、君の博論が僕の手元に送られてきて、タイトルをみて、そしてアブストラクトを読んで、僕は震えたよ。僕が20年前まだポスドクだった頃に、計算機の能力の問題で理論だけに終わっていた内容を、この学生は、遂に形にしてくれたのか、と。君は脳における「教師なし学習」の重要さをよく理解しているようだ。そして、この博論ではその可能性を追求している。だからこの長い博論を夢中で読んだよ。だからこそ、この章に差し掛かった時、私は大きな失望を感じてしまった。結局、だめだったのか、と。」

僕はまだ、彼の意図することを完全には理解できず、次の言葉を待った。

「正直失望したよ。・・もし、このまま君の研究が終わっていたのだとしたら。」

そう言って、意地悪そうに笑った。

「さぁ、もう時間もない、君の出したこの問題の解決策について説明してもらえるかい。」

心底ホッとした。このタイミングでちゃぶ台ひっくり返されてしまったらもう挽回の余地はない。

ただ問題は、ここから先の最後の2章は、この時点ではまだ未出版の内容。誰からのお墨付きもない内容。

だけど今更泣いても仕方がない。覚悟を決めて、説明し始めた。

 

第6章Polychronization and Feature Binding in a Spiking Neural Network Modelは、これまでの章で用いてきた rate-coding の多層ニューラルネットワークモデルを、完全に1から設計し直したスパイキングニューラルネットワークモデルで再現することから始まる。当初は NEURON NEST BRIAN といった一般公開されいるライブラリーを使って 1 年ほど試行錯誤していたが、結局柔軟さや計算のスピードを求め、研究室のメンバーと共同で GPGPU を活用する C++/CUDA のシミュレータ Spike! を開発し、そのうえで理論の検証を行うことにした。

 

モデル自体は既に前章で使用していた “conductance-based leaky integrate and fire model” をベースに、 Spike の概念を導入した程度の変更であったが、Rate-coding のモデルで採用していた “Fire together, wire together” の単純な Hebbian rule に代わり、このモデルでは “Spike-timing dependent plasticity (STDP)” を採用する。これによりいろいろな点において、より現実的なモデルになったといえる。

 

さて、この Spike という概念を導入したことにより、ニューロンの発火タイミングに基づく、事象の因果関係の表象が可能になるというのがここで提唱する内容だ。例えば、「T」という視覚情報のうち、ニューロン 1 垂直線「|」という形状を表象することを学習し、その信号を受け取るニューロン2 はより複雑な「T」という形状を表象することを学習したとしよう。この時、ニューロン1とニューロン2の両方から同時に信号を受け取り spike するニューロン3というものがあったとすると、それは、「|T」という概念を表象することが可能となる。理論的には、これにより、rate-coding モデルの弱点であった “superposition catastrophe” の問題は解決できるという内容だ。

 

もちろん、実際の脳のニューロンの反応はこんなに単純ではない。これまでは、特定のニューロンが特定の概念を学習する理想的なシナリオを仮定して理論を展開してきたが、スパイクの概念を導入することにより、特定のニューロンの集合におけるスパイクのパターンによる表象を形成できるという “polychronization” とい考え方も組み込むことが可能となる。また、“polychronization” に基づく表象の場合も、「|T」というような概念を学習させることは理論上可能である。この章ではまずは、これらの表象が実際に「教師なし」の環境で学習可能であることを示した。

 

博論を締めくくる第 7 The Neural Basis of Border Ownership Representations in a Spiking Neural Network Modelは、第 5 章の結果の Spiking Neural Network 上での焼き直しだ。Rate-coded モデルの弱点を、この新しいモデルでは解決可能であることを示す、美しいストーリーの結末だ。しかし、この章は爆弾を抱えていた。本来であれば、ここでは 章の実験内容とまるっきり同じ条件で結果を比較する必要があることは理解していた。しかし、博士課程の限られた時間ではそのすべてを行うことができなかった。だから、その結果は、限られたテストセットによるものによる限られた結果に過ぎない。正直ここでの主張は弱すぎると自分自身でもわかっていた。しかし、今更どうしようもない。やった限りのことを説明しきって楽観的な展望を述べることで、この長い博論を締めくくる章の説明を終えた。

 

「これで、すべてで間違いないね?」と試験官は聞いた。

僕はうなずくことしかできない。

「研究を行った君自身が一番よくわかっているだろうね?」

 

「…最後の2 章の内容は非常に粗削りだ。…」

 

「…根本的な部分でまだまだ改善の余地がある。…」

時間はすでに30分超過し、時計の針は11時を指していた。

5年間博士課程で研究をした結果、成果を上げられず去った友達のことをふと思い出した。

なんで自分は、こんな古い建物の一室で、馬鹿げたガウンに身を包んで必死になって戦っているんだろう、と思った。

「時間も押してしまっているから、ここまでにしよう。」

「最後に何か言いたいことはあるかい?」

これに答えて何か言った気がするけど、何を言ったのか記憶には残っていない。

こうして2時間半にわたる口頭試問は終わり、僕は退室した。

 

 

窓から見える Pembroke の景色が目に焼き付いている。

そういえば、博士課程で初めての講演を行ったのは、このカリッジだったなぁ、とか思いだした。

博士課程を始めたころは研究室で一番若手だったのに、気づけば一番の古株になってしまってしまっていて、時の流れは惨いなぁ、とか考えたりした。

5分ほど経って、部屋のドアが突如開けられた。

顔を上げると、試験官が立っていた。

あれ、笑顔だ。

 

“Congraturations. Dr Eguchi!”

 

あ、パスしたんだ。

よかった。

よかった。

長かった博士課程が、これでようやく終わった。

ひとしきり喜びをかみしめた後、ふと冷静になって、最後に指摘された点を思い出した。

そして、その点に関して問うた。

すると彼はこう答えた。

「最後の 2 章に関しては、さっきも言ったように、とっても粗削りだと感じた。だけど、君の博論は十分すぎるくらいの成果が詰まっている。お願いだからこれ以上ページ数を増やそうだなんて考えないでくれ。」

と笑った。

そして、少し真面目な顔になってこう続けた。

「大切なことを教えよう。研究というものはね、きりがないんだよ。完璧を追い求めたら、いつになっても終わりがない。だから、何もかも全部ひとりで成し遂げようだなんて思ってはいけない。今君にできないことも、きっとそのうち、それを大切だと思う誰かがやるだろう。そうやって一人ひとりが積み重ねてきたから今がある。僕は今日、とても嬉しいよ。だって、考えてみなよ。僕が 20年前にできずに諦めたことを、今日君がやってのけた。おめでとう。これからのさらなる成長を心より期待しているよ。」

 

 

「君の4年半は、決して無駄なんかではなかったよ。」

そう言われた気がして、救われた。

こうして、僕のオックスフォードな日々は終わりを迎えた。

Neural network modelling of the primate ventral visual pathway
< https://ora.ox.ac.uk/objects/uuid:99277b9c-00ee-45e3-8adb-47190d716912 >

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2019年7月3日


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Comments

  1. @momosankai 2019年7月4日 - 1:01 PM URL

    緊迫感があって、読み進めながらドキドキしてしまった‼️おめでとうございます🎉㊗️➡️ Final viva! オックスフォード大学博士課程・最終口頭試問 https://t.co/q7f2q4ckcl @hogsfordさんから

  2. コメントを残す

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