オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

紙風船の呪縛とアメリカ学部時代の僕

先日よりブログ記事の最後に「今後どんな記事を読みたいですか?」というアンケートをつけることにしたのだけれど、早速いくつか投稿があったので、今日はその中の「留学について」と「勉強の仕方」にちなんで少し長くなりますが自分の経験を書いてみたいと思います。

 

今に至るまで

僕は恥ずかしながら幼い頃、自分はすごいと思っていた。
幼稚園の頃から、「ノーベル賞をとる」などとその意味もわからず周りに約束し、必ず将来大成すると信じていた。

だけど、高校時代にあることがきっかけでそんな確信は消え去った。

当時僕は、試験があればその数週間も前から各科目の要点をまとめたプリントを作って勉強をしていて、試験前日とかになって「勉強する時間ない。」と泣きついてくる友達にそれをあげたりしていた。

そんな事をしていたある日、一つのことに気づいてしまった。

彼らのいくらかは、一晩徹夜するだけで試験で自分よりも良い点数をとってしまうことに。

「自分の知らないところで勉強しているはずだ。」と言い聞かせたかったけれど、寮生活だったから彼らがいつ勉強をしいつ遊んでるかということは全部知っていた。

だからといって自分の無能を嘆いてもしかたのないことは解っていたから、それを時間でカバーしてせめても成績表をAで埋めることだけは死守しようと躍起になった。

だけど2年生後期の時、自分の成績表にBの文字を見て、頭の中が真っ白になった。

「Bとったくらいで何凹んでるんだよ。」と周りに言われて、確かにそうだと苦笑いはしたけれど、この日から心はなんだか中身は空っぽで、叩けば簡単に潰れてしまう紙風船のような状態だった。

 

アメリカの高校への交換留学を転機に

そんな時に、アメリカの高校に1年間の交換留学をした。
英語も得意ではなかったけれど、なにか違う世界を見たかった。

そして、そこは確かに、今までとは全く異なる世界だった。

自分が留学した地域は州内でも有数の裕福層の暮らす市だったということもあってか、地域全体が教育を向上させようという意識を持っており、通うことになった高校も州内で常に1,2を争っているような高校だった。

そこでの授業は選択制で、ある程度は制限のあるものの、生徒は学びたいことを皆喜んで学んでいた
どの授業もインターラクティブで面白く「勉強って苦痛ではなくて面白いんだ」と再認識させられ、またどんな学生も自分の意見を持ち、それを発言し議論できることに驚かされる毎日だった。

一方で、彼らはよく遊び、スポーツもし、音楽もし、切り替えも効率もとてもよく、今まで自分が見ていた世界がいかに小さいものであったかを気付かされた経験だった。

同じ世代の高校生が、「僕は映画監督になるんだ」とか「政治家になるんだ」とか、何の恥じらいもなく堂々と言える姿に心を揺り動かされて、大した根拠がなくたって好きなことを信じて生きたいように一所懸命生きることを選べばいいのだと気付かされた。

その時、僕は大学はアメリカに行くことを決意したのだった。

 

アメリカの大学に進学して、また一からやり直す。

こういう背景があったからこそ、アメリカでの大学生活は自分の中では再スタートだった。

自分には、自分のやり方がある。自分のやり方で、自分が「すごい!」と思える人を目指すのだ。そんな思いがアメリカの学部時代のモチベーションだった。

ただ、高校時代の失敗だけは繰り返したくはなかった。

そんなときに読んだ本が「竹中式マトリクス勉強法」だった。
今読み返してみると、必ずしも的を得ているとは思わないが、当時は「これだ!」と思ったのを覚えてる。

竹中平蔵氏はその中で夢を見ながら耕す人になれという言葉を紹介していた。
忙しい毎日を一所懸命に生きながらも、夢は常に忘れずにいなさい。という、そんなメッセージ。

彼の説明する「マトリクス式勉強法」というのは、基本的に2x2のマトリクスを埋める勉強目標に基づく。

天井がある勉強 天井がない勉強
武器としての勉強 A:記憶勉強
例:社内試験、資格試験、TOEIC、入学試験など
B:仕事勉強
経済学、金融工学、英会話など
人と人を結ぶ勉強 C:趣味勉強
茶道、武道の資格、ダイビングのライセンス、趣味の検定
D:人生勉強
教養や人間力を高める勉強、古典、音楽など

彼の言う天井がある勉強とは、短期的なゴールを設定できる勉強
天井がない勉強とは、逆に長期的なゴールに向けた勉強

武器としての勉強とは、自分の専門となる分野に必要な勉強
そして人と人を結ぶ勉強とは、人間的な豊かさを習得する勉強。

自分の学部時代の勉強法は、この考え方に大きな影響を受けた。

A:記憶勉強なんていうのは、まさに学部時代の様々なクラスで良い成績を収めるための勉強法。目標は高校の頃と変わらずAを取ることとした。
アメリカの授業のとても好きだったところは、シラバスで課題、試験、小テストなどの配分や日程が予めきちんと設定されていたこと。だから毎回学期始めにはどうしたら全てで90%以上を取ることを出来るだろうかと綿密なスケジュールをたてることが出来た。
小 テスト一つでも大きな失敗をすればAの可能性などあっという間になくなってしまうシビアな世界だったから、ここらへんは相当神経質になっていたことを覚え ている。だから授業をサボるなんてことはほとんどのクラスでまず不可能だったし、未だに「授業に寝坊してAを逃してしまった!!!!」という悪夢で飛び起 きることがあるくらいだから、結構不安もあったのだろう。

B:武器としての勉強としても、授業外の活動に精を出すことを目 標にした。2年次から研究に精を出し、自分で書いた論文を様々な学会で発表したり、仲間と研究結果をまとめてジャーナルに出したりもした。コンピュータサ イエンスの授業の授業助手を務めたり、心理学の研究室の実験助手として参加したりもして、常に幾つもの授業外の活動を同時進行させていた。

こうなってくるとC:趣味勉強はなかなか難しかったけれど、ACM国際プログラミングコンテストで(結局優秀賞どまりで散ったけど)本気で世界大会進出を目指して仲間と毎週土曜日の半日を割いたりしたし、一方で化学と経済を長期休みなどに勉強してCLEPという単位認定試験を受けたりもした。

 

D:人生勉強の分野は、まさにアメリカのリベラル・アーツ教育の目的のようなものでもあって、哲学や文学、芸術などのこれらの授業こそあえてオナーズ(上位レベル)の授業を受講し 幅広い知識を学んだ。これがなかったら、ホメロスやシェークスピア、ドストエフスキーなどをじっくり読むことはなかったし、旧約聖書やダンテ、ミルトンな どの著書なども一生読むことがなかったかもしれない。それぞれで何枚ものエッセーを課せられることで色々なことを考えるようになったと思う。

こんな風に自分の耕す畑は大学にあり、夢は理想の自分に近づくことであった。

同時に竹中氏はその本の中でチャレンジすることの大切さも語る。
英語では「頑張れ!」ではなく、”You can do it!”なのだ。と。

僕も、そのためにいくつかの高いハードルも設定した。

アメリカの大学には、オナーズプログラムというものがあり、それを選ぶと、授業や課題、試験の難易度が一般プログラムの2、3割増しになる。
しかしそこの条件を満たすことで、卒業時にLatin honorを与えられ卒業することが可能になる。
その称号は更に、

  • cum laude (with honor)
  • magna cum laude (with great honor)
  • summa cum laude (with highest honor)

と3つの位に分けられ、チャレンジしたい人にはチャレンジをさせる仕組みが用意されている。

ま たアメリカの大学は「ダブルメジャー」という、複数専攻をすることが容易で、「数学」と「物理」、「人類学」と「歴史」、「コンピュータサイエンス」と 「電気工学」など同じ学部内で重専攻をする学生は多くいる。しかし一方で、「ダブルディグリー」という、異なる学部間で異なる学士をとることは、取得単位 数が2倍近くに跳ね上がるためする人はそう多くはない。

僕は、そんなチャレンジがあるのならやってやろう。「これが出来れば格好いい!」と思い、工学部からコンピュータサイエンス理学士、理学部から心理学教養学士をとり、かつ両方でsumma cum laudeを取ることを目指した。

 

あれから4年。

そして、ただの紙風船だと思っていた僕にも、そんなことができてしまった。

英語だって未だに下手くそだし、飲み込みの悪さや要領の悪さを克服できたわけじゃない。

ただ、目標をしっかり決めて、純粋に自分が「すごい!」と思える理想像を夢見て目の前の畑を黙々と耕しただけの4年間だった。

辛くて辛くて挫けそうになった時も何度もあったけど、自分だってやれば出来る事をどうにかして自分に示したくて必死だった。

そしてそんな4年間を乗り越えられたのは、家族や多くの仲間の応援もあったけど、いつも心の支えになってくれた彼女のおかげでもあった。

コンピュータサイエンスの主席に選ばれた時、彼女は「アキのご両親は、この事を聞いたら本当に喜ぶと思う。だけど、この毎日を知ったら、辛い思いをするかもしれない・・。」と小さく言った。
それでも、「だからやめろ」とは言わずに、いつでも僕が決めてやっていることを応援してくれた。

彼女は、僕がこれだけはどうしてもやりぬきたい。という思いを人一倍知っていた。

そして、親愛なるトンプソン教授。
彼が、僕を信じて、いつでも親身になってサポートしてくれたから。
彼がYou can do itといってくれたから。

確かなことは、彼らの彼女らの誰一人がかけても今の自分はいない。
これらの支えがなければ、きっと高校の頃と同じ事を繰り返し、そして自分が紙風船であることを証明した気になって消えていたことだろう。
感謝するにもしきれない思いでいっぱい。

高校時代から長いこと自分を苦しめてきたこの紙風船の呪縛(笑)は、この4年でどうやら解くことが出来たようで、未だに劣等感に悩まされるものの、相当気が軽くなった

 

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卒業してからの心の変化

アメリカの大学を卒業してから帰国後に、竹中平蔵氏が「竹中式マトリクス勉強法」の続編というような形で出した「竹中式 イノベーション仕事術」という本を読む機会があった。
そこには、「馬鹿は相手にしなくていい」などという過激なタイトルの章があったりと、どこか心の余裕の無さがあちらこちらに漂っていることが気になり、呪縛から開放された自分の心には響かないものが多くあった。

一方でそんな時、お食事をご一緒させていただいた河村幹夫さんは、「仕事プラスアルファ」という生き方を語ってくださった。
仕事を120%やるのは当然のこと。だけど、週末は何かそれ以外のゴールのために気持ちを切り替えて120%を費やしなさい。と。

言っていることはマトリクス式勉強法にも通ずるところはあるけれど、彼の語り口には人間味があり、一瞬で魅了されたのだった。

彼の著書の「サラリーマンの勝負は週末にあり」を読むと、彼は確かにそんな生き方をして、大きな成功を収めてきたことが分かる。

温厚な笑顔の中にある熱い意志がとても素敵な人。

この人が、これから自分が目標にしたい人だとこの時に思った。

大学院にきて、もうすぐ半年になる。

あの頃の戦いの日々を思うと、もう二度と戻りたくないと思いつつも無性に懐かしく感じることがある。
「気がたるんでる!」と、あの時の自分なら怒るかも知れない。

だけど今は、研究以外にも一所懸命取り組んでることがある。

是非、両方を楽しみながら、そして成功できるような人間に成長できるといいなぁ。とか思いつつイギリスでの日々を送っている。

 

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2013年4月2日


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