オックスフォードな日々

とあるオックスフォード大学院留学生のブログ

情報に踊らされて損をするな

一九九四年に経済学者のブライアン・アーサーにより考案された「エル・ファロル・バー・プロブレム」というものがある。ここにとても良い雰囲気の酒場があるとして、百人の住人がいるとする。例えば、そこに十人の人が訪れたとしたら、彼らはそこの雰囲気を存分に楽しめるだろう。しかし、逆に九十人の人がそこに押しかけたとしたら、混雑で雰囲気も台無しになってしまう。そういったときは、むしろ家にとどまっていた方が得策であったことになる。この前提の元、過去の経験から帰納的に今日はバーに行くべきか。と問うのがこの問題である。

大して複雑な問題には聞こえないかもしれないが、この問題は以下の重要な点を指摘する。「今日は混雑していたから、皆うんざりして明日は人足が減るだろう。だから、明日はバーへ行こう。」という推測は、一つの合理的な分析である。しかし、これと同じ事を他の人たちも考えたとしたらどうだろうか。次の日はまたバーは人でごった返し、一見的確だと思われたその推測はことごとく意味をなさないのだ。それ故、バーに行くか行かないかの二択が与えられた時、行った人が少なければ行った人が得をし、行った人が多ければ行かなかった人が得をすると言う訳であり、ここから導き出される結論は、これらの限られた資源を競い合う状況においては常に少数派が勝つと言うことである。

この問題をもう少し一般化した物を「マイノリティーゲーム」と呼ぶ。例えば交通渋滞の問題において、高速道路に車が少なければ十分に速く走れるが、多すぎると下道を走った方が速いこともある。また、株式市場において、自分以外に同じ株を売る人が少なければ株価が上がり儲けを得られるし、自分以外に同じ株を買う人が少なければ、安く株を仕入れて得をする。要するに、現状に適応する得策が一時的に見つけられたとしても、それが広まればすぐにそれはただの愚策に変わり得てしまうという事である。

なぜ突然こんな話を始めたかというと、実は仮想世界のプロジェクトと平行して、このマイノリティーゲームをシミュレートするプログラムを組み、これらの研究も現在行っているからである。そのシミュレーションに参加するロボットは、遺伝的アルゴリズムと呼ばれる進化的アルゴリズムに基づく。それぞれのロボットは、指定されたサイズの過去の結果の記憶領域を持ち、そこからバーに行べきか行かないべきかという策を練っていく。そして、ターンごとの結果に応じて彼らにはスコアが割り振られる。グラフは千一台のロボットに十二の記憶容量を持たせ、三千六百五十ターン(十年分と仮定)走らせた結果である。左のグラフは赤が正の最高スコアを、青が負の最高のスコアを表示し、右のグラフはそのスコアの分布を示す。これを見ても分かるようにスコア分布はとても綺麗な釣鐘曲線を描き、正負の最高は何度も交叉し合いどちらが一方的に優勢になることはない。要するに至って普通の世界である。

Normal
そこで次に取り組んだ事は、それぞれのロボットにチームを組ませたらどうなるか、ということだ。同じチーム内のロボット同士でスコアの高いロボットの意見を尊重した多数決を行い、メンバーはそれに従わせることにした。そして、先ほどのロボット千一台と、百台ずつのチーム五つでシミュレーションを行ったところ、グラフが示すように正負の最大のスコアの差に大きな開きがでた。この負の値はチームロボット、正の値は個人ロボットの記録したスコアである。このスコアの分布から、チームロボットのみが大損をしていることがわかる。これは、チーム内で、個人よりも多くの情報から最良の策を選んだつもりが、チームメンバー全員が同じ決断をするが故にその策が愚策に変わるマイノリティーゲームの特徴をうまく表した例である。

Team
更に、それぞれのチームメンバーにそのチームの決断に対する服従度をランダムで与えることにした。それにより、服従度の高いメンバーは高い頻度でチームの決定に従い、服従度の低いメンバーは高い頻度でその決定と逆を行うこととなる。結果、大差で最高の正の値を示した者も、負の値を示した者もチームロボットとなったのだ。ただそれらが一点違ったのは、最高の正の値を示したロボットは服従度が零であり、最高の負の値を示したロボットは服従度が百であったことだ。裏切り者が一番おいしい目を見る世界である。個人的にこれこそがマイノリティーゲームの神髄だと思う。なぜならば、最良と思われる手を皆が行うことにより、それが最悪となる一方で、そのあえて逆を行うことが最良の策になってしまうと言う歯がゆいパラドックスを的確に示しているからだ。 何が言いたいかと言えば、「最良」という名で安売りされる策ほど「最悪」に化けやすい策はなく、それを知っている売り手は、その裏をとることで簡単に本当の「最良」を手にしているということだ。

Team2
動向を察し自分でよく考え、常にマイノリティーになれなくとも、少なくとも情報に踊らされて一番損するチームロボットにはなりたくないものだ。

論文: Eguchi, A., & Nguyen, H. (2011). Minority game: The battle of adaptation, intelligence, cooperation and power. 2011 Federated Conference on Computer Science and Information Systems (FedCSIS) (pp. 631–634).
ieeexplore.ieee.org/xpls/abs_all.jsp?arnumber=6078192

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著者紹介:

高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^

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Aki • 2010年4月20日


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Comments

  1. よしき 2010年4月20日 - 3:11 午後 URL

    あれ、、、毎回踊らされて最下位になる私って、、、^^;;;
    やっぱあんまり考えないで決めるからいけないのかー><

  2. S.T. 2010年4月21日 - 9:51 午前 URL

    評判のいい物へお金が流れバブルとなり、最終的にはじけて大変なことになる。経済に関わるに人間はみんな分かっているのに、投資をやめられないジレンマを分かり易く例えてらっしゃる。
    悪しき循環を変えようとオバマ政権はがんばってます。ボルガ-ルールやゴールドマンサックスの起訴検討、大変そうです。ティーパーティーに負けないでもらいたいですが、再選は難しそうな今日この頃。アメリカはどこへ向かうのでしょう?

  3. あい 2010年4月22日 - 9:56 午前 URL

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    少数決…(-∀-)
    ライアーゲームじゃん★☆

  4. Aki 2010年4月24日 - 3:54 午後 URL

    SECRET: 0
    PASS: 3bf64040bf316ef6df77fef68c43aa1a
    >>よしき
    俺もなかなかそんな普通のロボットにさえ勝てないから。笑
    普通のロボットでさえもストラテジーを常に進化させ続けるからね。
    今日、無事にそんなプレゼンも終わって一安心。。
    >>T.Sさん
    それを思うようにコントロールできる術があれば、今回のような世界的大不況にはならなかったかもしれないのですがね。
    しかし、なかなかどれが正しい。という答えは見つからないものですよね。
    今回のボルガールールの話にしても、結局は30年代の世界恐慌で導入された金融規制法の二番煎じと呼ばれるのも一理あり、その末に改めて金融緩和された歴史を考えると、簡単に今回のやり方が正しいとは言えないのも事実です。
    ゴールドマンサックスの問題は確かに大きな問題ではありますが、どうもそれをネタに国民の反感を煽って、一気に法案を通してしまおうという意図が見え隠れしているようにも見えてしまいます。
    残念ながら個人的には、今のオバマ政権が目指している大きな政府は、誇張すれば共産主義への傾倒に見えなくもなく、どっちつかずというのが正直な意見です。それ故、茶会などの動向も全面的に否定はできません。
    今回の規制が行われることになれば、確実に国際的な競争力は激減するでしょう。それが、次へのステップアップにつながる保証がない今の状態では、どうしても簡単に首を縦に振る事はできない問題なのではないでしょうか。
    >>あい
    ライヤーゲームみたことない、、笑゛
    でも現実世界においても、実際に少数が勝利を収めるというのは的を得た考えな例が多いんだよね。
    どうしても、いい例を見るとついていきたくなってしまうけど、自分を信じて良く考えて行動することが大事なんだろうね。

  5. S.T. 2010年4月24日 - 9:32 午後 URL

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    私も大きな政府には反対です。日本が ”良い” 反面教師です。
    ただし、ブッシュ政権の政策によって被害を被った低所得者の最低限の救済と、リーマンショックを起こした人間への公正な断罪はあってしかるべきと思います。サブプライムローン、破産法改正、緩い中国品輸入規制、低所得者を喰い物にしたひどい政策です。最初に断罪されるべきはウォール街の人間よりも前大統領ですが。

  6. kaerunoniwa 2010年4月25日 - 8:55 午前 URL

    SECRET: 0
    PASS: 49faabdf8f0fa80ebeaa6ab91428a2d1
    「縦書きたい」のkaerunoniwaです。
    今回のエントリーは、大変興味深く読ませていただきました。
    コメント欄も活発で、こちらも読むのが楽しみです。
    もしよろしければ、私のブログからリンクをはらせていただきたいのですが、構いませんでしょうか?
    よろしくお願いします。

  7. Aki 2010年4月25日 - 12:59 午後 URL

    SECRET: 0
    PASS: 3bf64040bf316ef6df77fef68c43aa1a
    >>S.Tさん
    そうですね。過去をきちんと反省し、そこから学び次に生かしていくことはとても大切な事です。
    どの道を通ったとしても少なからずの犠牲はやむを得ないようですね。
    しかしその中で、正直者が損を見て、卑怯者だけが笑っているような、そんな世の中をいかに改善していくかが今もっとも求められていることなのでしょうね。
    >>kaerunoniwaさん
    ご訪問ありがとうございます。
    とても嬉しいお言葉をありがとうございます。
    なかなか頻繁に更新することはできませんが、少しでも意味のある文章を綴っていけたらと思っています。
    リンクの件は、喜んでお受けします。
    これからもどうぞよろしくお願いします。

  8. kaerunoniwa 2010年4月25日 - 5:52 午後 URL

    リンクの件、ご了解いただき、ありがとうございました。
    さっそく設定しました。
    これからもよろしくお願いいたします。

  9. Aki 2010年4月26日 - 10:30 午前 URL

    どうもありがとうございます。
    こちらからも、kaerunoniwaさんのブログの方にもリンクを貼らせていただきました。
    インターネットでも縦書きがもっと普及すれば。と応援しています!

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