【読書記録】メイド・イン・ロンドン(熊川哲也)
「天才は変わることが大切だ」モーツァルトを描いた映画『アマデウス』にたしかそんな一節があると、友人から聞いたことがある。自分がモーツァル並の天才だなどと言うつもりはないが、この言葉は「決断せよ」と僕の胸に迫ってくる。
そう、今こそ、自分は変わるべき時を迎えているのだ。そして、そのタイミングは“今”しかない。三十歳を過ぎ、知らぬ間に守りの姿勢に入り、決断力が鈍ってからでは遅いのだ。今回のロイヤル退団劇の裏には、実はこうした考えがあった。
僕は子供の頃、自然にバレエと出会い、踊りたいという本能に従って舞台に立ち続けてきた。…
ふつうの人が学校を卒業するときに職業や会社を選ぶように、多くの選択肢の中からバレエを選んだわけでもない。
僕は人生で初めて自分の進む道を自分で選択した。その決断に至るまで、躊躇もあれば苦悩もあった。これまでは自分が生来持っている自然な勢いだけで生きてきたが、今回初めて体の中から意識的にエネルギーを絞り出し、自分にとって重大な選択をしたのだ。
何年後かに今度のことを振り返った時、あれが大きなターニングポイントだったのだと、僕は思うだろう。そして、そのターニング・ポイントにおける選択が間違っていなかったことを、僕はこれからのバレエ人生で証明するつもりだし、もちろんその自信は持っている。
「東洋人として初めてロイヤルに入団、史上最年少でファースト・ソリストに昇格、入団以来四年という異例のスピードでプリンシパルに昇格」と幾つもの冠を持つバレエダンサー熊川哲也が自身の歩みを振り返って書き綴った一冊。「僕は、ただ踊り続けてきただけだ。それに対して周囲が僕を評価してくれて、いつの間にかプリンシパルという地位が向こうからやってきた。」と自信家の顔を見せる一方で、同時に「実は、表に出る態度とは裏腹に、僕は小心で、心配症で、物事をネガティブに考えてしまう一面がある。」と心の内に秘めてきた弱さも吐露する。ファンが期待し応援してくれること、親がそれを自慢に思ってくれること、それらは彼にとって「自信と勇気の源泉」である。しかし同時にそれらは、彼にのしかかる重い重いプレッシャーでもあった。きらびやかな舞台の上で自信に満ち溢れる堂々たる踊りを見せながらも、本当は「自分は皆の期待を裏切りはしないだろうか。皆に落胆されたら、僕はどうすればいいのだろうか。」と日々不安と対峙しながら必死に戦ってきた彼の思いが明かされる。「周囲の期待が大きければ大きいほど、自分が抱え込む不安も大きく膨れ上がるのだ。だが、前に進むためにはその不安というマイナスのエネルギーをポジティブなエネルギーに転化しなければならない。」これはどの世界においても共通すること。彼の真っ直ぐな生き方に鼓舞され勇気をもらえる一冊。
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著者紹介:
高専在籍時にAFSの53期生としてアメリカのオレゴン州で一年間地元の高校に通う。帰国後アメリカのアーカンソー大学フェイエットビル校に編入し2011年に理学士コンピューターサイエンス、2012年に教養学士心理学を修了。2012年秋よりオックスフォード大学にて、博士号課程で計算神経科学を勉強中。色々と大変ですが、常に色んな事に挑戦しながら精一杯頑張ってます。
詳しくは自己紹介ページよりどうぞ^^